第4話:「土下座(ドゲザ)という名の『資産運用』」
「雨だ……。冷たい雨が、俺の骨まで染み渡る……」
会議室で、鋼田が自作のネームを朗読していた。
陶酔しきった表情だ。
「この異世界には、救いなんてない。あるのは泥と、鉄錆の味だけだ。俺は今日もうずくまり、空を見上げる――(ここで見開きページを使って、荒野の風景ドン!)」
「はい、ストップ」
三島が無慈悲に遮った。
手元のストップウォッチを押す。
「現在、開始から45秒。
まだ主人公の顔も出てない。世界観の説明が長い。
これ、Web漫画だったら、読者の98%がここで『戻る』ボタンを押して、TikTokで猫の動画を見に行ってるわ」
「なっ!? 馬鹿野郎! この『間』がいいんだろうが!
いきなりドンパチ始めたら、世界観の深みが伝わらんだろう!」
鋼田が猛反発するが、三島は冷徹に切り返す。
「鋼田先生、音楽の『イントロ』って知ってる?
最近のヒットチャートはね、イントロが0秒なの。再生した瞬間にサビ(一番盛り上がる所)が来る。
なぜか? 現代人は 『退屈』というコスト を1秒たりとも払いたくないからよ」
三島はホワイトボードに、漫画の第1ページ目のラフを描き殴った。
「1ページ目、1コマ目。
ここでやるべきは『雨のポエム』じゃない。
『タイトル回収』と『情報の非対称性』の提示よ」
「じょ、情報の……非対称性……?」
清宮が首を傾げる。
「そう。
『読者だけが真実を知っていて、劇中のキャラは騙されている』 という状況。
これを作ると、読者は『共犯者』になった気分で優越感を感じ、続きを読みたくなるの」
三島は、清宮に具体的な構図を指示した。
「1コマ目、大ゴマで描いて。
主人公のショタ(中身はおっさん)が、ヒロインの大家エルフの足元で、泥まみれになって全力の土下座をしているシーン」
「ど、土下座ですか!?」
鋼田が絶句する。「俺のハードボイルド主人公が、女に土下座だとォ!?」
「黙って聞きなさい。
主人公は泣き叫んでいるの。
『お願いします大家さん! 家賃(魔力)を待ってください! なんでもしますからぁぁっ!』ってね。
で、見下ろすヒロインは冷たい目で『汚らわしい』と蔑んでいる」
「……ううむ、サディスティックで唆る構図ですが、主人公が情けなすぎませんか?」
清宮が心配そうに言う。
三島はニヤリと笑った。
「そこで、主人公の 『モノローグ(心の声)』 を入れるのよ」
三島は赤いマーカーで、主人公の頭上に吹き出しを書き込んだ。
(……計算通りだ。この角度なら、彼女のスカートの中の防御結界の術式が丸見えだ。
これで『魔力パスワード』は解析完了。彼女が俺を蹴り飛ばそうと足上げた瞬間、接触して魔力を根こそぎ奪い取れる……!)
「!!!」
鋼田と清宮が息を呑んだ。
「外見は『必死に命乞いをする哀れな少年』。
でも中身は『冷静にヒロインを食い物にしようと狙うハイエナ』。
この ギャップ(情報の非対称性) を一発で見せるのよ」
三島は熱弁を振るう。
「これなら、鋼田先生の好きな『狡猾な戦術』も描けるし、
清宮先生の好きな『サディスティックな美少女の蔑み』も描ける。
そして読者は、『こいつ、土下座しながら反撃の機会を狙ってやがる!』と主人公の底知れなさにワクワクする。
これぞ一石三鳥の『ポートフォリオ(資産の組み合わせ)』よ!」
「な、なるほどぉぉぉっ!!」
鋼田が膝を打った。
「土下座は敗北ではない…… 『もっとも低姿勢から放つ奇襲攻撃』 だったのか!!
これぞ兵法の極意! 俺の描きたかったのはこれだ!」
(いや、お前が描きたかったのはただの雨のポエムだろ)
三島は心の中でツッコミを入れつつ、表面上はビジネスライクに頷く。
「分かったら描く!
1ページ目で読者の心をフック(釣り上げ)できなければ、2ページ目は存在しないと思いなさい。
ネーム完成まであと3時間。
……あ、ちなみに私が現役時代、ライブ直前に振り付けが全変更になった時は、1時間で覚えたわよ?」
「あ、悪魔だ……この女、笑顔の悪魔だ……!」
二人の作家は、恐怖と興奮がない交ぜになった叫びを上げながら、再び原稿に向かい始めた。
三島は窓の外の雨を見つめながら、小さく呟く。
「……ま、実際は『土下座』なんて、運営に謝る時数え切れないほどやったけどね。
頭を下げるだけでタダで危機を回避できるなら、コスパ最強の資産運用じゃない」
彼女の瞳には、かつての芸能界での修羅場が映っていたかもしれない。
だが、感傷に浸る時間はない。
次は、完成した原稿をどうやって 「バズらせる」 か。
アルゴリズムとの戦争が待っている。
(続く)




