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第2話:「奴隷ヒロインという名の『定期預金』」




会議室の空気は凍りついていた。

いや、正確には一人の男が石化し、もう一人の男が沸騰していた。

「な、七星……キララ……ちゃん……?」

作画担当の清宮は、床に崩れ落ちていた。

震える手で自身のスマホの待ち受け画面(天使のようなキララの笑顔)と、目の前の冷徹な女を見比べる。

「嘘だ……あんな、握手会で『風邪ひかないでね♡』って僕の汚い手を両手で包んでくれた彼女が……『ゴミ』とか『金』とか言うはずがない……これは悪夢だ……」

「現実よ、清宮先生」

三島はメガネをかけ直し、事務的な口調に戻る。

「あの時、あなたの手を握りながら私が考えていたのは、『この人の手汗、保湿クリームの代わりになりそう』ということと、『あと何人でノルマ達成か』ということだけ」

「ギャアアアアアアッ!! やめてくれェェェッ!! 僕の青春をデジタルタトゥーみたいに掘り起こさないでくれェェッ!!」

清宮が耳を塞いで転げ回る横で、原作担当の鋼田がダンッ!と机を叩いて立ち上がった。

「ええい、茶番は終わりだ!!」

鋼田の顔は怒りで真っ赤だ。

「元アイドルだか何だか知らんが、俺は認めんぞ! 俺が半年かけて書いた『40歳・独身傭兵の異世界放浪記』……あの冒頭の50ページには、俺の人生の悲哀そのものが詰まってたんだ!」

鋼田はシュレッダーのゴミ箱を指差す。

「ブラック企業で酷使され、誰にも愛されず、孤独に死ぬ……。その『重み』があるからこそ、異世界での成功が輝くんじゃないのか!?」

三島は冷ややかな目で鋼田を見下ろした。

「……ハァ。だから『売れない』のよ」

彼女はホワイトボードの前に立つと、黒マーカーで大きく数字を書いた。

『3秒』

「いいですか、鋼田先生。

YouTubeのショート動画、TikTok、そしてなろう小説。現代のエンタメにおいて、ユーザーが『このコンテンツを見るか捨てるか』を判断する時間は、平均3秒です」

「さ、3秒だと……!?」

「アイドルも同じ。

歌番組でカメラに抜かれた一瞬。その0.5秒でウインクができるか。そこで『可愛い!』と思わせられなければ、チャンネルを変えられて終わり。

あなたのおっさん語り50ページ?

読者はその『重み』を感じる前に、ブラウザバックという名の『損切り』をします。

過去の不幸自慢なんて、読者にとっては 『サンクコスト(埋没費用)』 よ。回収できない過去に投資させないで。1行目でトラックに轢かれて、2行目でチート能力をもらいなさい」

「ぐぬぬ……し、しかし……リアリティが……」

「リアリティは『数字』で作るの。次はこれよ」

三島は次に、清宮が描いたキャラクター設定画を拾い上げた。

そこには、首輪をつけられ、ボロボロの布を纏ったエルフの少女が描かれている。

「清宮先生。このヒロインの設定は?」

清宮は涙目で顔を上げる。

「……奴隷、です。主人公にお金で買われたエルフの少女。彼女は首輪の魔法で、主人である主人公を絶対に裏切れない。だからこそ……彼女の純潔は守られ、安心して推せるんです……」

「却下」

三島は即答し、その設定画に太いバツ印(×)をつけた。

「なっ!? なぜだ! 奴隷ヒロインは王道だろ!?」

鋼田と清宮が同時に抗議する。

三島は二人を憐れむような目で見つめ、言った。

「あなた達、経済の基本も分からないの?

『契約で縛られた関係』なんて、ただの『独占市場』のあぐらよ。

絶対に裏切らない? 他の男に行かない?

そんな『安心安全な元本保証の商品』に、誰が高い利子(熱量)を払うのよ」

三島はコツコツとヒールを鳴らして二人に歩み寄る。

「あのね、本当の『萌え』っていうのは、流動性の中に生まれるの。

首輪なんてない。いつでも逃げられる。他の男のところに行ける自由がある。

『それなのに、なぜか主人公のそばにいてくれる』

この不確定性こそが、読者の脳内で 『彼女は本当に主人公が好きなんだ!』という信用創造クレジット・クリエーション を引き起こすのよ!」

「し、信用創造……!?」

「そう。銀行がお金を貸し出すことでマネーサプライが増えるように、

『失うかもしれないリスク』を読者に貸し付けることで、『尊さ』という名の通貨を何倍にも膨らませる。

首輪付きの奴隷なんて、タンス預金と同じ。価値が死んでるわ」

三島は清宮の胸ぐらを掴み、その耳元で元トップアイドルの「悪魔の囁き」をする。

「清宮先生……想像してごらんなさい。

『命令だから従う奴隷』と、

『自由だけど、主人公がピンチの時に、損得勘定抜きで戻ってきてくれるツンデレ』……

どっちが、あなたのその歪んだ性癖に刺さる?」

「っ……!!」

清宮の脳内に電撃が走る。

(自由意志による……選択……! 契約ではない、魂の隷属……!?)

「あ、ああっ……! そっちのほうが……エモい……!!」

清宮はガクンと膝をついた。陥落である。

三島は満足げに頷き、鋼田に向き直る。

「鋼田先生、あなたも同じよ。

『剣一本で地道に強くなる』なんて泥臭い修行パートはいらない。それは定期預金の金利狙いよ。

異世界転生の醍醐味は 『レバレッジ(てこ)』 。

前世の知識、チートスキル、そしてヒロインの好感度。使える『外部資産』はすべて使って、一瞬で俺TUEEEする。

それが、現代の読者が求めている『成功体験の配当』なの」

三島はホワイトボードの前に戻り、新しいタイトルを殴り書きした。

『借金(魔力)まみれの異世界投資生活 ~聖女の好感度を担保に俺だけがチートを行使する~』

「さあ、書き直しなさい。

今から私が言うプロット通りに。

締め切りは明日。寝る間? ああ、私が現役の頃は、移動車の睡眠時間3時間が平均だったわね。

……まさか、おっさんが美少女わたしより体力がないなんて言わないわよね?」

その笑顔は、かつて日本中を虜にした「100万ドルのスマイル」だった。

しかし今の二人には、それが「死の宣告」にしか見えなかった。

「は、はい……やらせていただきます……!!」

二人の悲鳴に近い返事が、会議室に響き渡った。

(続く)



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