表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

第12話:「アニメ化という名の『30分のCM』」


「あ、アニメ化……ですか?」

会議室に、震える声が響いた。

三島律がペラリと出した一枚の企画書。

そこには『TVアニメ化企画書』という文字が踊っている。

「う、嘘だろ……?」

鋼田が頬をつねる。

「俺の書いた物語が……テレビで流れるのか?

俺の考えた主人公が動き、喋り、必殺技を叫ぶのか!?」

「僕のエルフちゃんが……カラーで……!

声優さんの声で『家賃払え』って罵ってくれるんですか……!?」

清宮はすでに天井を仰いで昇天しかけている。

作家にとって、アニメ化は夢の頂点ゴール

二人は手を取り合って喜びのダンスを踊ろうとした。

「……喜ぶのは、中身を見てからにしなさい」

三島は冷や水を浴びせるように言い、タブレット端末をスライドさせた。

そこには、アニメ制作会社が作成した 「キャラクター設定画ラフ」 が映っていた。

二人の動きが止まった。

「……ん?」

鋼田が眉を寄せる。

「なんだこれ。主人公の服、ダサくないか?

俺の設定では『歴戦の傷が入った革鎧』なのに、これじゃただの『ペラペラの布』だぞ」

清宮も画面に食いつく。

「ま、待ってください!

エルフちゃんの髪の毛、本数はこの10倍あります!

それに、スカートの裾のレース模様が省略されてる!

これじゃ……これじゃただの『コスプレした一般人』じゃないですか!」

二人の不満は爆発寸前だ。

さらに三島は、残酷な事実を追加する。

「制作会社は中堅の下。監督は新人。

予算は平均の7掛け。

そして、原作のストックが足りないから、後半は『アニメオリジナル展開』でお茶を濁す予定よ」

「なっ……ふざけるなァァァッ!!」

鋼田が企画書を床に叩きつけた。

「アニオリだと!?

俺の許可なく勝手なストーリーを作る気か!

しかも低予算でペラペラの作画で……!

こんなの、作品への冒涜だ! 断る! 俺は絶対に断るぞ!!」

「僕もです!

僕の繊細な絵が再現できないなら、動かなくていい!

静止画のままでいてくれ!」

二人は激昂し、アニメ化の拒否を叫ぶ。

クリエイターとして当然の反応だ。魂を削って作った我が子が、安っぽく加工されて世に出るなんて耐えられない。

しかし。

三島は静かに企画書を拾い上げ、淡々と言った。

「……断る? 本気?」

「当たり前だ! 魂を売ってまで有名になりたくない!」

「魂ねぇ……」

三島は呆れたように息を吐き、ホワイトボードの前に立った。

「あなた達、アニメ化を『神格化』しすぎよ。

いい? 経済的に見れば、 アニメなんてただの『30分の長尺CM』 に過ぎないの」

「し、CM……?」

「そう。

なぜ出版社やスポンサーが高い金を払ってアニメを作ると思う?

DVDを売るため? 違うわ。

原作これ』を売るためよ」

三島は、二人の書いた単行本を叩いた。

「アニメのクオリティが高くて、アニメだけで満足されちゃったら困るの。

一番の目的は、テレビを見て『続きが気になる!』『原作はどうなってるんだ?』と思わせて、書店に走らせること。

つまり、アニメは『無料の試食コーナー』。

本番メインディッシュは、あくまで原作なのよ」

「だ、だからといって、不味い試食を出したら客が逃げるだろ!」

鋼田が反論する。

「不味くても、 『匂い』 さえ届けばいいの」

三島はアイドル時代の経験を語る。

「私が新人の頃、地方のスーパーの駐車場でライブをしたことがあるわ。

音響は最悪、衣装はペラペラ、照明なんてない。

でもね、そこで下手なりに歌うことで、買い物に来たおばちゃんたちが足を止めてくれた。

『なんかやってるね』って」

三島は二人の目を見据える。

「完璧なステージ(原作)を用意して待っていても、誰も気づかない。

多少音が外れていても、安っぽい衣装でも、テレビという巨大な拡声器で歌えば、何百万人もの人が振り向く。

その中から、『本物の歌(原作)』を聞きに来てくれる人を拾う。

これが 『知名度をお金で買う』 ということよ」

「……ぐっ」

二人は言葉に詰まる。

「断るのは簡単よ。

でも、断ったら一生、あなた達の作品は『知る人ぞ知る名作』止まり。

本屋の棚の隅っこで、静かに消えていく。

……それでもいいの?」

鋼田と清宮は黙り込んだ。

悔しい。納得できない。

でも、三島の言う通り、このチャンスを逃せば、世界は広がらない。

「……じゃあ、どうすればいい」

鋼田が絞り出すように言った。

「指をくわえて、劣化していく我が子を見ていろと言うのか……」

「まさか」

三島はニヤリと笑った。

「言ったでしょう? 私は敏腕マネージャーだって。

『CM』としての役割を果たさせつつ、最低限の『魂』を守る方法があるわ」

三島は、アニメ企画書の予算表を指差した。

「全体的に低予算なのは仕方ない。

でも、 『一点豪華主義』 なら通るわ」

「一点豪華……?」

「そう。

全話を綺麗に描こうとするから崩壊するの。

どうでもいい日常シーンや、おっさんの会話シーンは、紙芝居レベルでいい。捨てなさい。

その代わり……」

三島は清宮に向き直る。

「清宮先生。この作品で、読者が一番見たいシーンはどこ?」

「そ、それは……ヒロインがデレるシーン、そして……第2話の『同衾』シーンです!」

「正解。

プロデューサーにこう要求するの。

『他のシーンは棒人形でいい。だが、ヒロインの着替えと同衾シーンだけは、劇場版クオリティで描け』 と」

「!!!」

二人に電流が走った。

「選択と集中よ。

アイドルが、サビの決めポーズだけは絶対に崩さないように。

視聴者の性癖に刺さる 『ここ一番のカット』さえ神作画なら、他がどれだけ酷くても、ネットでは『神アニメ』と讃えられる。

これを『作画コストの傾斜配分』 と言うわ」

三島はニヤリと笑う。

「さあ、交渉に行くわよ。

こちらの要求は一つ。

『おっさんは捨てろ。美少女に予算のすべてを突っ込め』

……これなら、あなた達の魂(性癖)も守れるでしょう?」

鋼田と清宮は顔を見合わせた。

そして、深く頷いた。

「……分かった。三島くん、君に任せる」

「僕のエルフちゃんが可愛ければ、他はどうでもいいです……! やりましょう!」

「交渉成立ね」

三島はジャケットを羽織り、颯爽と会議室を出て行く。

その背中は、泥沼の芸能界を渡り歩いてきた古強者のそれだった。

アニメ化という名の巨大な妥協。

しかしそれは、作品が世界へ羽ばたくための、避けて通れない翼だった。

(続く)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ