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第11話:「重版出来という名の『追加公演』」


発売から3日後。

会議室の空気は、お通夜のように湿りきっていた。

「……ダメだ。終わった」

鋼田が机に突っ伏して呻いている。

「今日、こっそり近所の書店を見てきたんだ。

俺たちの本……平積みじゃなくて、棚に差し込まれていたぞ。背表紙しか見えてなかった……!」

清宮も体育座りで震えている。

「僕も……Amazonのランキング、昨日は総合3位だったのに、今日は7位に落ちてました……。

もう飽きられたんだ……。僕のエルフは、在庫という名の棺桶で眠る運命なんだ……」

ネガティブ思考のスパイラル。

クリエイターは、作品を出した瞬間、世界で一番孤独な生き物になる。

「売れなかったらどうしよう」という恐怖で、幻覚すら見え始めるのだ。

プルルルルル……。

その時、デスクの電話が鳴った。

出版社からだ。

「ヒィッ!?」

二人が飛び上がる。

「ど、どうする鋼田先生! 編集部からだ!」

「で、出ろよ! お前が描いた絵が悪いってクレームかもしれないだろ!」

「いやですよ! 先生の文章が長すぎるって苦情ですよ!」

おっさん二人が電話を押し付け合っていると、三島が無言で受話器を取った。

「はい、三島です。

……ええ。……はい。……なるほど」

三島の表情は一切変わらない。鉄仮面だ。

「分かりました。伝えておきます」

ガチャン。

受話器が置かれる音が、銃声のように響いた。

「み、三島くん……? な、なんて……?」

鋼田が恐る恐る尋ねる。

「打ち切りか? 返本か? それとも『もう二度と書くな』という引退勧告か……?」

三島はゆっくりと二人を振り返った。

その目は、長い沈黙の後、スッと細められた。

「……準備しなさい」

「じゅ、準備……? 何の?」

「夜逃げか!? やっぱり借金抱えて夜逃げするしかないのか!?」

三島は首を振ると、カバンからクラッカー(パーティー用)を取り出し、真顔で鳴らした。

パンッ!!

紙テープが鋼田の頭に乗る。

「『追加公演アンコール』よ」

「は……?」

三島はホワイトボードに、極太のマジックで四文字熟語を書き殴った。

『 重 版 出 来 』

「じゅう……はん……しゅったい……?」

二人が呆然と文字を読む。

「そう。

発売3日にして、書店の在庫が枯渇。

出版社が慌てて印刷所の輪転機を回すことを決定したわ。

初版部数の50%増刷。異例中の異例よ」

三島はニヤリと笑った。

「あなた達、分かってる?

これはね、アイドルで言えば 『チケット即完売につき、東京ドーム追加公演決定!』 っていうニュースと同じなのよ!」

「と、東京ドーム……!?」

「そう!

客席(書店)に入りきらないほどのファンが押し寄せて、『もっと見せろ!』『チケット(本)をよこせ!』と暴動寸前になってる状態。

印刷所という名のステージで、インクという名の汗を流して、アンコールに応えるのよ!」

三島は二人の背中をバンと叩いた。

「おめでとう。

あなた達の『妄想』と『性癖』は、今日から 『日本中に求められるエンターテインメント』 に昇格したわ」

その言葉を聞いた瞬間。

時が止まっていた二人の感情が、爆発した。

「う、うおおおおおおおおっ!!」

鋼田が野太い声で絶叫し、ガッツポーズを取る。

「重版……! 俺の魂が……届いたのか!

ハードボイルドは死んでいなかった! おっさんの生き様は、世界に認められたんだァァッ!」

「ひっ、ぐすっ、ううううっ!」

清宮は床に崩れ落ちて号泣している。

「よかったぁぁ……! 僕のエルフちゃん……誰かに愛してもらえたんだね……!

キモいって言われなかった……! みんなに愛されるアイドルになれたんだねぇぇっ!」

おっさん二人が、手を取り合って泣き叫ぶ。

その姿はあまりにも見苦しく、そして美しかった。

三島は、そんな二人を少し離れた場所から眺めていた。

(……この瞬間だけは、何度見てもいいものね)

彼女の脳裏に、かつて自分が初めてオリコン1位を取った時の記憶が蘇る。

あの時の震え。仲間と抱き合った体温。

それを、この不器用な大人たちにも味わわせてあげられたことが、少しだけ嬉しかった。

「……さて」

三島はパンパンと手を叩き、感傷的な空気を断ち切った。

「喜ぶのはそこまで。

追加公演が決まったってことは、どういうことか分かる?」

「えっ?」

二人が涙目のまま振り返る。

三島は、鬼のようなスケジュール表を貼り出した。

「客の熱が冷めないうちに、次の弾を撃ち込む。

『第2巻』の発売日決定よ」

「は……?」

「当初の予定より2ヶ月前倒しになったわ。

原稿の締め切りは、来月末。

さらに、重版記念の『御礼ショートストーリー』と、雑誌掲載用の『出張版読み切り』。

あと、ファンレターへの返信企画と、サイン本100冊の作成」

三島は、積み上げられた真っ白な原稿用紙の束をドンと置いた。

「アイドルに休みなんてないわ。

売れたら売れた分だけ、ステージの数は増える。

『死ぬほど忙しい』というのは、スターだけに許された特権よ」

三島は、最高のアイドルスマイルで宣告した。

「さあ、働きなさい。

あなた達の人生、ここからが本当の 『デスマーチ(全国ツアー)』 よ♡」

「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

「殺す気かァァァァッ!!」

歓喜の絶叫は、一瞬にして断末魔の悲鳴に変わった。

だが、その手にはしっかりとペンが握られていた。

地獄のような忙しさと、天国のような達成感。

二人の作家は、ついに「プロの世界」の住人となったのだ。

そして物語は、次なるステージ――

「アニメ化」 という、最大の賭けへと進んでいく。

(続く)



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