第10話:「帯(オビ)という名の『絶叫マシーン』」
「……地味ね」
出版社の会議室。
出来上がったばかりの『単行本カバー見本』を見て、三島律が呟いた。
そこには、清宮が魂を込めて描いた「美少年とエルフ」の美麗なイラストがある。
しかし、その下半分に巻かれた 「帯」 の文章が問題だった。
【 孤独な魂が交錯する、重厚なる異世界戦記。ここに開幕 】
明朝体の小さな文字で、ポエムのような一文が添えられている。
考えたのはもちろん、原作者の鋼田だ。
「な、何が不満なんだ!」
鋼田が抗議する。
「格好いいだろう! 物語の『静けさ』と『哀愁』を表現したんだ!
本屋でこれを手に取った読者は、この余白から物語の深淵を感じ取るんだよ!」
三島は、深いため息をついた。
まるで、握手会で「僕の考えた最強のセトリ」を語り続けるオタクを見る目だ。
「鋼田先生。あなたは書店の棚を『美術館』か何かだと思ってるの?」
「あ? 違うのか?」
「いいえ。 『戦場』 よ」
三島は立ち上がり、ホワイトボードに書店の棚の図解を描く。
「日本の出版点数は、1日約200冊。
新刊コーナーに置かれた本が、客の視界に入る時間は 『0.2秒』 。
客はその一瞬で『買うか、無視するか』を決めるの」
三島は、鋼田の考えた帯を指差して切り捨てる。
「こんな小さい文字のポエム、誰も読まないわ。
『私の声は小さいですが、いい歌を歌ってます』なんてステージの隅でボソボソ言ってるアイドル、誰が推すの?
帯はね、客の鼓膜を破るくらいの音量で『絶叫』 しなきゃ意味がないのよ!」
「ぜ、絶叫……?」
「そう。
『数字』『煽り』『欲望』。
この三点セットを、極太ゴシック体で叩きつけるの」
三島は赤マジックを取り出し、帯のコピーを書き換えた。
【 Webランキング 1位!! 】
【 ブクマ数 歴代最速!! 】
【 クズすぎるショタ(中身40歳) × ドS大家エルフ 】
【 ※注意※ このヒロイン、借金返済のためなら〇〇します 】
「なっ……なななっ!?」
鋼田と清宮が絶句する。
「げ、下品だ! あまりにも下品すぎる!」
「『〇〇します』って何ですか! 詐欺じゃないですか!」
「詐欺じゃないわ。想像力を刺激する『演出』よ」
三島は涼しい顔で言う。
「いい? 本屋を歩く客は、基本的に『暇つぶし』を探してるの。
彼らの足を止めるには、 『えっ?』という違和感 が必要なのよ。
『重厚な戦記』なんてありふれたコピーは、風景と同化して消える。
でも、『クズすぎるショタ』『借金返済』というパワーワードは、ノイズとして脳に突き刺さる」
三島は断言する。
「帯は『作品の説明』じゃない。『マイクパフォーマンス』よ。
中身の良さを伝えたければ、まず大声で客を振り向かせなさい。
品性を保ったまま死ぬか、泥水をすすってでも売れるか。……どっちがいい?」
鋼田は唇を噛み締めた。
自分の美学が否定されるのは辛い。だが、三島の言う「売れるための泥水」には、奇妙な説得力があった。
(確かに……俺のハードボイルド小説が売れなかったのは、声が小さかったからかもしれない……)
「……くっ。分かった。採用だ。
その代わり! 裏表紙のあらすじだけは、俺の文章を使わせろ!」
「ええ、裏面なら好きにしていいわ(どうせ誰も見ないし)」
「さて、次は 『特典商法』 の話よ」
三島は、分厚いリストをテーブルに叩きつけた。
そこには、『アニメイト』『ゲーマーズ』『メロンブックス』『とらのあな』など、主要な専門店チェーンの名前がズラリと並んでいる。
「清宮先生。
これら全店舗用に、 『別々の描き下ろしイラスト』 を用意しなさい」
「は……はい?」
清宮が目を白黒させる。「べ、別々……? 全部で10社くらいありますよ?」
「そうよ。
A店は『メイド服』、B店は『水着』、C店は『猫耳』、D店は『バニーガール』……。
全部違う絵柄の特典(ポストカードやSS)をつけるの」
「な、何のためにそんな無駄なことを!?」
鋼田が叫ぶ。「中身は同じ本だろうが!」
「無駄? とんでもない」
三島はニヤリと笑った。
「これが『AKB商法』……じゃなくて、『複数購入推奨マーケティング』よ」
三島は解説する。
「熱心なファン(信者)はね、本が欲しいんじゃないの。
『推しへの愛』を証明したいのよ。
特典が店によって違うなら、彼らは全店舗を回って、同じ本を何冊も買ってくれる。
これを 『愛の分散投資』 と言うわ」
「そ、そんな……! 同じ本を何冊も買わせるなんて、ファンの足元を見るような真似……!」
清宮が良心の呵責に震える。
しかし、三島は優しく(?)諭した。
「清宮先生。逆よ。
ファンは『選択肢』を求めているの。
『僕は水着のエルフが好き』『俺は猫耳のエルフが好き』。
それぞれの性癖に合わせた商品展開をすることで、顧客満足度を最大化する。
これは 『多様性への配慮』 よ」
「た、多様性への配慮……!!」
清宮の目に光が宿る。
「そうか……僕はファンを搾取しようとしていたんじゃない。
彼らの『ニッチな性癖』すべてに応えようとする、博愛の精神だったのか……!」
(※違います)
「その通り(適当)。
さあ、発売日まであと2週間。
10枚のカラーイラストと、店舗別のショートストーリー10本。
……寝てる暇があったら手を動かしなさい。
腱鞘炎は、クリエイターの勲章よ」
「うおおおおおおっ!! 描くぞォォォッ!!」
「猫耳! バニー! 裸エプロン!
僕の性癖の引き出しをすべて開放する時が来たァァァッ!!」
完全に洗脳された二人は、修羅のごとく作業に入った。
その様子を見ながら、三島はこっそりとスマホを取り出し、とある番号に電話をかけた。
『もしもし? キララ先輩!? お久しぶりですー!』
電話の相手は、現在トップアイドルとして活躍中の元後輩だった。
「久しぶり。……ちょっと頼みがあるんだけど。
今度出す本の帯に、推薦コメントくれない?
うん、 『キララ先輩の魂を受け継ぐ、最強のアイドル(?)物語です!』 って。
……え? 焼肉? いいわよ、今度奢るわ」
電話を切ると、三島は悪い顔で笑った。
「コネも、話題性も、使えるものは全部使う。
……見てなさい。
発売日初日、書店の棚をこの『絶叫マシーン』で埋め尽くしてやるわ」
帯の煽り文句、10種類の特典、そして現役トップアイドルの推薦コメント。
用意できる弾薬はすべて装填した。
いよいよ、発売日当日。
彼らが見るのは天国か、地獄か。
伝説の 「重版ラッシュ」 が幕を開ける。
(続く)




