Ⅱ.私の目覚め(エピソード0)
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殴られたような頭痛とともに、私は目が覚めて飛び起きた。
柔らかな白いものに覆われた景色が目に飛び込み、ふと見下ろすと、霜の降りた手や脚が見えた。
ここはどこだろう、今日は何曜日だろう、とにかく会社に行かなくては……そんなことを思っていた矢先、ハッとした。
私、死んだんだ…
死んでから見るのもおかしいと思うが、走馬灯のようにこれまでの出来事が駆け抜けていった。
かつての私はミユコと呼ばれていた。
我ながら、あまり幸せな人生ではなかったように思う。
両親は仲が悪く、母はあまり家には寄り付かなかった。
母が不在だからといって、父が家事をするわけでもなく、家は荒れ放題だった。
そんな家庭が嫌になり、引っ越しのアルバイトで少しずつ貯めたお金で、高校卒業後、私は家を出てすぐに就職した。
私の人生において、真っ先に浮かぶ後悔と言えば、この時選んだ就職先だった。
給料は安くはなかったが、高卒を理由に、何年働いても正社員にはしてもらえなかった。
とにかく家を出たいという思いで就職してしまったため、「頑張れば正社員になれるよ」という面接官の言葉を、何の疑いもなく信じて働き続けてしまったのだ。
気がつくと私は35歳になっていた。
その頃には、後から正社員で入社した年下の上司が大勢でき、歳を重ねる度に肩身の狭い思いをしていた。
そんな中、彼女は現れた。
彼女はジュリと言った。
私にとっての年下の上司の一人で、いわゆるパトロンがおり、常にハイブランドの服を身にまとい、自信に満ちあふれていた。
その上口がうまく、上司や上層部に気に入られ、彼女の言うことは、もはや会社を動かすレベルにまで達していた。
その彼女に目をつけられてしまったのだ。
気がつくと、私は売春をしていることになり、あるいは横領していることになり、さらには機密情報をライバル会社に言いふらしていることになり、ただでさえ弱かった立場がもっと弱くなってしまった。
そんなある時、私は会社の上層部に呼び出され、役員室に通された。
何と声をかけたらいいか戸惑っていると、上層部の一人が口を開いた。
「そんなに不満があるなら辞めてくれて結構だよ」
私はその言葉に心当たりがなく、どういうことか問いただしたところ、
ある時私がポツリと口に出した「正社員になりたい」という言葉を聞いたジュリが、上層部にあることないこと吹聴したのだと分かった。
必死に訂正しようとしたが、時すでに遅し、
私の言葉を信じる者など、社内の、ましてや上層部には誰一人いなかった。
その先の記憶は、スイッチを切られたようにプツリと途絶えている。
そして今私は、あたたかいような、ひんやりしたような、不思議な白い空間に一人、プカプカと浮かんでいる。
本来慌てる状況なのだろうが、私は生まれて初めて、安心感を覚えた。
「もう、好きにしていいんだよ」
なんとなく、自分にそう話しかけてみた。
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