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9.明け方の夢

「エレオノーラ、お前は王太子妃になるんだ」

 リカルドが私に向かって言った。

(あれ?お父さま、なんか若い……?)

 エレオノーラは自分の手を見た。

 手が小さくて、ぽよぽよしている。

(これって、私が9歳の頃の……夢?)


 3人でトレーニングした日は、ヒューゴとフランソワが帰ってからも、体を動かすのが楽しくなってしまって1人でずっと体ほぐしをしていた。ベッドに入って、あっという間に眠ってしまったエレオノーラだったけれど、疲れすぎて逆に眠りが浅かったのか。


「今日は王室の歴史について学びましょう」

 次の場面は王太子妃教育だった。ただでさえヒューゴやフランソワと遊ぶ時間が少なくなって悲しいのに、毎日繰り返される長時間の座学。エレオノーラは必死で耳を傾けるが、同じ姿勢を保つことがつらく、イライラが募っていく。無理に座っていても、やがて意識は遠のいていく。

「だめ……集中しなきゃ……」


「未来の王妃がこのように居眠りとは!」

 教師の怒号が響く。

 叱られるたびに、自分は価値の無い人間なんじゃないかと思った。それが悔しくて、認めたくなくて、涙をこらえながら机の上のものを床にぶちまけた。


 すっかりしょげて、重たい体を引きずりながら廊下を歩いていると、ハーマンとすれ違った。

(せめて、婚約者が優しければ、辛くても、もっと頑張れるのに……)


「聞いたぞ」

 ハーマンが立ち止まって、エレオノーラを見下ろす。

「王太子妃教育で、居眠りしたんだってな」

 エレオノーラは黙ってうつむいた。

 すると、ハーマンがさらに赤い目を冷たく細めて言った。

「将来王妃になっても人前で居眠りするつもりか?俺に恥をかかせるなよ」

 言葉が出てこなかった。エレオノーラは、涙をこらえて地団太を踏むことしかできなかった。


 また場面が変わる。今度は、学園のマナーの授業だった。

 エレオノーラは、優雅にカップを持ち上げた――はずだった。

 しかし、指先が滑り、硬質な音とともに床で砕け散る。辺りに茶色い液体が広がっていった。

「まぁ!お怪我はありませんか!?」

 カミーユが口元を隠しながら、わざとらしく大きめの声を上げる。令嬢たち全員の視線がさっと集中した。

「えぇ、大丈夫よ。お気遣いありがとう」

 そして、周りを見回した。カミーユの近くに、令嬢たちが集まる。

「それにしても、大胆なお手前ですわね」

 カミーユの背後から「くすくす」と笑いを噛み殺す声が聞こえてくる。

 どんどん表情が硬くなるエレオノーラの顔を見たカミーユは、一瞬の間を置いてから明るく言い放つ。

「でも大丈夫。王太子妃になられる方ですから、失態もきっと“ご愛嬌”として許されますわ」

 込み上げてくる悔しさと恥ずかしさに、エレオノーラはその場で泣き叫んだ。


 また場面は変わる。

 ハーマンと初めて踊った舞踏会。会場の中央で注目を浴びながらのダンス。

 ハーマンの足を踏んでばかりのエレオノーラに、ハーマンはため息をついた。

「本当に不器用だな。こんな簡単なダンスも踊れないのか?」

 ハーマンはその頃すでに太ってはいたが動きは機敏で、ダンスも無難にこなしていた。剣技の鍛錬の成果か、足を踏まれても顔色一つ変えず、エレオノーラが転ばぬよう巧みにカバーしていた。


「本当に、どうして、お前みたいな愚鈍なやつが俺の婚約者なんだ?」

 ハーマンの声が、耳に冷たく刺さる。


 そこでエレオノーラは目が覚めた。

 息が荒い。汗が額に滲んでいる。

(はぁ……。最悪。昔の失敗なんて、思い出したくもない)

 エレオノーラは、ベッドの上で体を起こした。窓の外は、まだ暗い。夜明け前のようだ。


 夢の中の最後のハーマンのセリフ。

 エレオノーラだって同じことを思っていた。

(なんで自分がハーマンの婚約者じゃなきゃいけないの?)

 ハーマンはいつだって自分に冷たい。エレオノーラはハーマンの傲慢さが気に入らない。どう考えても相性は最悪だ。

(全然何もできなくて癇癪ばかり起しているダメな私が大人になったって王妃になんてなれるわけないよ。こんな婚約、さっさと解消してくれればいいのに……)

 いつもそう思っていた。


(……でも、そうじゃない)

 エレオノーラは、窓の外を見つめた。

 前世で出会った子どもたちの姿が、昔の自分と重なる。

 じっと座れず集中も続かなかった彼らは、怠けていたのではなく、体の不調と生まれつきの特性に苦しんでいただけだ。

(ああ、私も同じだったんだ……)

 エレオノーラの青い瞳に、涙が浮かんだ。

(私は、ダメな人間なんかじゃなかったんだ)

 気づいた瞬間、胸にずっとあった重い澱がふっとほどけた。

 もしあの頃のエレオノーラに、前世で得た知識があったなら。もし理解してくれる人が一人でもいたなら。

 あの涙は、そして癇癪や壊れたものは、もう少し少なくて済んだのかもしれない。

 エレオノーラの涙が、頬を伝って落ちた。

「でも……」

 エレオノーラは小さくつぶやいた。


「今なら、間に合う」

 トレーニングを重ねるうち、少しずつ表情が柔らいでいった、あの子たち。

 たぶん、同じようにエレオノーラも変われるはず。

(もう二度と、無力な自分に泣きたくない)

次回は、1週間後のエレオノーラ達。

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