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69.秋風の吹く中での朝トレ

 朝のトレーニングを終えた三人は、秋風が頬を撫でるヴェルデン家の庭園のベンチに座り込んだ。額から汗が滴り落ち、心地よい疲労感が全身を包んでいる。エレオノーラが王都に帰ってきたのにも関わらず、最近はそれぞれが忙しかった。そのため、今日は久しぶりの三人揃ってのトレーニングだった。


「久々に三人で動けて、なんだか気分がいいね!」

 エレオノーラは満足そうに笑いながら、水筒の蓋を開けて一口飲む。冷たい水が火照った体を冷やしてくれる。その明るい笑顔に、フランソワもつられて微笑んだ。

「本当ですわ。最近はお互いに忙しくて、なかなか顔を合わせる時間もなかったですもの」

 フランソワが髪を結び直しながら言う。

「俺もそう思う。やっぱり三人で動くと、いい刺激になるな」

 ヒューゴも頷きながら、タオルで首筋の汗を拭った。秋が深まり、早朝は肌寒い。体が冷えないよう、三人とも念入りに汗を拭き取る。


 そんな中、フランソワがヒューゴの隣に少し身を寄せた。

「あら、ヒューゴ、まだおでこに汗が光っていますわ」

「あ、ああ……ありがとう」

 フランソワがタオルを取り、ヒューゴの額の汗をぬぐった。その手つきに、ヒューゴの頬が微かに赤らんだ。

「仲がよくていいなぁ」

 エレオノーラが生暖かい微笑みを浮かべる。

「いちゃいちゃして、羨ましいなぁ」

「い、いちゃいちゃなんて!」

 フランソワが真っ赤になって慌てて手を引っ込める。ヒューゴも照れ笑いを浮かべていた。

(私も、フィリップとあんな風にできたらなぁ……)

 エレオノーラは、心にすきま風のようなものが吹くのを感じていた。

(でも、今は2人ともそれどころじゃないからね。育児グッズの問題があるし……)


「そうだ。二人にも話しておかなくちゃ」

 エレオノーラの言葉に、フランソワが首をかしげた。

「実は新しい育児グッズを売り出そうと思っているの」

 フランソワとヒューゴが目を丸くした。

「育児グッズ?」

「どんなものですの?」

「スリングっていうんだけど、布を使って赤ちゃんを抱っこする道具なの」

 エレオノーラが手振りを交えて説明する。

「抱っこグッズとは違うのか?」

 ヒューゴが眉をひそめる。

「ええ。赤ちゃんの首がすわっていない間は横抱っこで背中を丸く抱けるし、密着度が高いから赤ちゃんも安心するの。首がすわったら縦に使うこともできて、とても便利なんだよ」

「へえ、そんなものがあるなんて知らなかったですわ」

 フランソワの瞳が輝いた。


「実はね、これはスタンダル帝国では『添い寝布』っていう名前で使われている育児グッズなの。先日、カトリーナ様から聞いた話だから間違いないよ」

 エレオノーラがそう伝えると、ヒューゴが少し驚いたように反応した。

「スタンダル帝国でも?」

「それに比べて、今ダイバーレス王国で主流になっている育児グッズ……あれはスタンダル帝国では使われていないらしいの」

「えっ?」

 フランソワとヒューゴが同時に声を上げた。風が木々を揺らし、葉擦れの音が響く。


「それってどういうことだ?」

「私もカトリーナ様から聞いた時、びっくりしたんだよね。つまり、あの育児グッズは自国では使わずに、ダイバーレス王国だけに売りつけているってこと」

 エレオノーラの表情が真剣になった。

「お父さまにも別口で調べてもらったんだけど、商人から見せられたリストは、本当はスタンダル帝国では流通していないものらしいの」


「そんな馬鹿な……なぜそんなことを?」

 ヒューゴの表情が険しくなる。拳を固く握りしめた。

「何か理由があるはずですわよね……?」

 フランソワも困惑した様子で呟く。無意識にヒューゴの腕に手を置いていた。

 エレオノーラは二人の顔をそれぞれに見つめた。


「もしかしたら、ティモテウス・アウグスティヌスの育児理論も、育児グッズの輸入も、全部同じ目的があったんじゃないかと思うの」

「なんのためだ?」

 ヒューゴの眉間に力が入る。

「育児グッズは、将来の国民の育ちに直接関わるものだよね」

「……なるほど。国力の低下が狙いなのか」

 ヒューゴが低く唸るように言った。


 三人の間に重い沈黙が降りた。遠くで教会の鐘が鳴る音だけが響いている。

「やっぱり、あの育児グッズの流通を阻止しなくてはいけませんわ」

 フランソワが決意を込めて言う。

「エレンが領地で広めた正しい育児方法を、ダイバーレス国中に広める話はどうなっているんだ?」

 ヒューゴが腕を組んだ。

「だから、スリングなの」

 エレオノーラがうなずいた。


「スリングの販売に合わせて正しい育児方法をデモンストレーションしていくことにしたの」

「それはいいな。俺もできる限り協力する。グラントン領でも販売させてほしい」

 ヒューゴが力強く頷いた。

「私も手伝いますわ。お父様に相談して、アッシュクロフト領でも販売できないか考えてみますわ」

 フランソワがヒューゴの手をそっと握る。


「二人とも、ありがとう!」

 エレオノーラの顔が明るくなる。

「まずは、近々開かれる貴族向けのチャリティ活動に参加してほしいな!それぞれの領地の話は、その後ね!」


次回はチャリティ活動です。婚約破棄以来エレオノーラは社交の場には現れていませんでしたが……。

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