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65.側室の子

「……あれは、たぶん私の魔法の力によるものだと思う」

 フィリップがはっきりと言うと、ヘンリーがきょとんとした顔になった。

「ですが、殿下は魔法を使えなかったのでは?」

「そうなんだ。なぜ突然使えるようになったのかはわからない」

 フィリップの唇が苦く歪む。エレオノーラが眉を寄せた。

「でも、どうして秘密にする必要があるのですか?」

「王位継承の問題がある」

 フィリップの声が低くなった。先ほどまで聞こえていた虫の声すら聞こえない。沈黙が馬車の中に満ちた。


「私は今まで魔法を使えないことで継承争いから外れていた。それが私にとっても、兄上にとっても都合がよかった」

 ヘンリーの喉が小さく鳴った。

「殿下が魔法を使えることが知れ渡れば……」

「兄上を快く思っていない貴族たちに担ぎ出される」

 フィリップが深く息を吐き、腕を組んだ。

「最近は、魔法なんて使えなくて良かったと思っていたところだったんだ。まさか、こんな風に使えるようになるなんて」


 エレオノーラがフィリップの黒曜石のような瞳を見つめた。

「じゃあ、これからも魔法を使わないつもりですか?」

「そのつもりだが、エレオノーラ嬢を守るためには、万が一に備えて使えた方がいい」

 フィリップの視線がエレオノーラの青い瞳に吸い寄せられる。


「魔法が発動したあの瞬間、エレオノーラ嬢を守らなければという思いしか無かったんだ」

 彼の脳裏に昨日の光景が蘇る。

「それじゃあ、もしかしたら……」

 マリーが両手を広げて口に当てる。

「あぁ。エレオノーラへの気持ちが魔法を発動させるための鍵になったのかもしれない」

 エレオノーラの頬が熱くなる。


「あの魔法は、エレオノーラ嬢を守るための魔法だと私は考えている」

 マリーが両手を胸に当て、うっとりと首を振る。ヘンリーは曖昧に頷いた。

「殿下のおっしゃることはわかりました。魔法のことは、絶対に秘密にします」

「私も、絶対に秘密にいたします!あぁ、愛の力って、素敵……」

 マリーの最後の呟きに、エレオノーラは苦笑した。

「私も、もちろん秘密にいたします。守ってくださってありがとうございます、殿下」

「みんな、ありがとう」

 フィリップの肩から力が抜けた。


 エレオノーラは、何か思いついたような顔をした。

「ところで、先ほど『最近は』っておっしゃっていましたが、昔は使いたいと思っていたのですか?」

「興味はあったんだ。兄上の魔法を使う姿は格好良かったし、同じ王家の血が流れているのに魔法が使えないのが悔しかった」

 フィリップはそう言って窓の外を見つめた。馬車は山間部に入り、森の木々が目に入る。

「王宮の図書館を隅から隅まで漁って、知人の魔法使いに頭を下げて本を借りて……時には高額な古書を購入することもあった」

 エレオノーラの瞳が驚きに丸くなった。

「そんなに努力を……」


「側室の子で、正妃のアンヌ様からは疎まれて育ったから、興味があることは自分で学ぶしかなかった。だから、こんなの努力のうちには入らないよ」

 フィリップが首を振る。

「私が兄上より力をつけることがないように、教師もつけてもらえなかった。母上に教えてもらったのと学園で学んだ以外は、全部独学なんだ」


 ヘンリーが目を見開いた。

「あれだけの知識を全て独学で?学園でもトップクラスだったのに!」

「幸い、図書室への出入りは禁じられていなかったから。時間だけはあったから、片っ端から読んだよ」


 エレオノーラの胸の奥で何かがちくりと痛んだ。勝手に王子として恵まれていたのだろうと決めつけていた自分の浅はかさに恥じ入った。

 ヘンリーの声が興奮に弾む中、馬車の車輪が石畳を規則正しく刻んでいく。窓の外で、昨日の襲撃現場が静かに過ぎ去った。


 三日後の夕方、王都の城門の輪郭が夕陽に浮かび上がった。

 街の門をくぐった瞬間、エレオノーラの肩から緊張が溶け落ちる。見慣れた石造りの家並みが安らぎをくれた。


「これからが本番ですね」

 フィリップがエレオノーラの言葉に軽く頷いた。

「そうだな。まずはヴェルデン邸に向かい、公爵に書類を確認してもらってほしい。私は一回城に戻り、新たな情報が無いか確認する」


 馬車が石畳を響かせて進む中、フィリップがエレオノーラを見つめて微笑んだ。

「明日の朝、また改めてヴェルデン公爵と一緒に登城してほしい。王都での襲撃は目立つから可能性は低いが、護衛をたくさん配置して、城の中でも絶対に一人にならないように気を付けて」


 フィリップが向かいの席から身を乗り出し、エレオノーラの耳元に唇を寄せる。温かい息がくすぐった。

「色々あって、本当に大変だけど、毎日エレオノーラの顔を見られることだけが僕の支えなんだ」

 エレオノーラの頬に熱が宿る。胸の奥で温かいものが広がった。


(私も、フィリップがいてくれるから頑張れる)

 馬車は夕焼けに染まった王都の街を、ゆっくりとヴェルデン邸に向かって進んでいった。


次回は、王都に戻ったフィリップとエレオノーラと、リカルドによる今後の話です。

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