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63.前世日本人だから……

 エレオノーラの視線の先には、護衛騎士たちが倒れた賊たちの周りに集まっている光景が広がっていた。

「よし、全員確認したぞ」

「こっちも大丈夫です」

 騎士たちが次々と報告する声が聞こえる。賊たちは全員地面に倒れ伏したまま、ぴくりとも動かない。


 その中で、フィリップが冷静な声で指示を飛ばしていた。

「全員、しばらくは目を覚ましそうにないな。あの背の高い男が(かしら)のようだ。あいつだけ拘束して連れていく。残りは処分しろ」

 護衛騎士たちは「承知しました」と短く答え、てきぱきと動き始めた。一人の騎士が背の高い賊に近づき、縄で手足を縛り始める。

 その間に、別の騎士が倒れた賊の一人に剣を向けた。まるで作業をするような、淡々とした動作だった。


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 エレオノーラは叫んだあと、慌ててフィリップに駆け寄る。

「いくらなんでも、命をそんなに簡単に……」

 護衛騎士は剣を構えたまま、フィリップの方を振り返った。フィリップが頷くのを待っているようだ。

 フィリップはかまわず続けるように指示を出したあと、エレオノーラを諭すように低い声で説明しはじめた。

「エレオノーラ嬢、彼らを連れて行くのは無理だ。ヴェルデン領まではまだ丸二日かかる。拘束して馬車に乗せたり歩かせたりしても、途中で反抗されるかもしれない。ここに縛ったまま残したとしても、縄を外してまた襲ってくるかもしれない。だからといって、残した全員を監視する余力は護衛騎士には無い」

 フィリップの説明は理路整然としているけれど、エレオノーラには受け入れがたかった。

「でも、殺さずに何とかする方法だって――」

 エレオノーラが言いかけた言葉を、フィリップが小さな声で、しかし強い口調で遮る。


「ここは平和な日本ではないんだ」

 その言葉にエレオノーラはぎくりとした。確かにそうだ。ここでは真央たちが生きていた日本の常識は通用しない。

「もし彼らに再び襲われて、君や他の誰かが傷ついたら、それこそ取り返しがつかないだろう?さっきはうまくいったけど、次もうまくいくとは限らない」

 エレオノーラは言葉を失った。口をぱくぱくと開閉させるものの、何も言葉が出てこない。フィリップの言うことが正しいのは理解できる。それでも、目の前で人の命を奪うという現実を受け入れることができずにいた。

「彼らは、もしかしたらスタンダル帝国の者かもしれない。だとしたら、アンドリアンが関与している可能性がある。だからこそ、なおさら危険なんだ。わかってくれ」

 エレオノーラは、先ほどの違和感をフィリップも感じていたことを知った。そして、どうにもならないことを察した。


「縛り上げたやつは馬車に乗せるんだ。私が監視していく」


 その後の移動は、拘束された男がずっとフィリップを睨んでいたくらいで、特に何事もなく進んだ。

 エレオノーラは、あの不思議な光についてフィリップに聞きたかったが、賊の頭がいるこの状況では話題にしない方がいいと思いなおし、ずっと窓の外を見ながら過ごした。

 賊に襲われたことで余計な時間がかかったが、なんとかその日の夜遅くにヴェルデン領に到着した。


 月明かりに照らされて白く輝く邸宅の前で馬車を降りると、エレオノーラの兄レイモンドが心配そうな顔で迎えてくれた。

「フィリップ殿下、わざわざご足労ありがとうございます」

「今回の件は私としても見過ごすことができないことなので、礼には及びません」

 フィリップがうなずくと、その横からエレオノーラがレイモンドの胸に駆け込んだ。

「お兄様!大変だったの……」

 胸板が厚く、エレオノーラの手は後ろまで回らない。しかし、彼女はおかまいなしに力いっぱい抱きしめた。

「ちょっと待て、落ち着け、エレン」

 レイモンドは眉尻を下げて妹の頭を撫でた。

「先ぶれからだいたいの話は聞いているが……」

 自分の目の前で兄に甘える姿を見せるエレオノーラの様子に、フィリップが苦笑いを浮かべた。

「詳しい話は中でお話しします。とりあえず、捕虜の移動をお願いします」

 レイモンドは「まあ、とりあえず無事で良かった」と安堵の表情を見せた。そして馬車の中から引きずり出されてくる拘束された男を見て、「牢に連れて行くんだ」とヴェルデン領の護衛騎士に指示した。


 疲れ果てたエレオノーラたちは邸宅の使用人に迎えられ、まっすぐに食堂に向かった。護衛騎士たちも含め、遅くなった夕食を取ることが最優先だった。

 大きなテーブルには、湯気の立つ料理がずらりと並んでいる。どれもこの土地の新鮮な海の幸をたっぷりと使った料理ばかりで、前世の記憶を頼りにエレオノーラ自身が考案したレシピだった。疲れ切った体には、何よりもありがたい光景だった。


 エレオノーラは、まず味噌汁の椀を手に取った。一口すすって、思わず安堵のため息をついた。

「ああ、温かい……。この温かさが疲れを癒してくれますね」

 彼女の表情に、ようやく安らぎの色が浮かんだ。

「本当だね。それにしても、無事にたどり着くことができて何よりだった」

 フィリップが柔らかく微笑んで応えた。そして、前世の懐かしい味を口にして、緊張の糸がようやく緩んだのを感じていた。


 食事が終わり、皆がほっと一息ついていると、レイモンドが分厚い封筒を手にしてエレオノーラの元へ近づいてきた。

「エレン、父上から頼まれていた輸出入に関する収支の詳細資料だ。役に立つといいな」

「ありがとう、お兄さま」

 エレオノーラは書類を受け取りながら、疲れ切った笑顔で答えた。しかし、その重厚な封筒を見ただけで、頭の奥が痛んだ。今の彼女には、この分厚い資料に目を通す気力など、もはや一つも残っていなかった。

「申し訳ないけれど、明日改めてじっくりと拝見することにするわ」

 そう言って、エレオノーラは封筒を大切そうに胸に抱えた。


 その後、一行はそれぞれの部屋へと向かった。エレオノーラは自分の部屋に、フィリップや護衛騎士は、それぞれに割り当てられた客室に向かった。

 エレオノーラは湯浴みを済ませると、ベッドに倒れ込むように横になった。色々と考えたいことはたくさんあるけれど、旅の疲労が一気に押し寄せ、瞼が重くなる。あっという間に深い眠りの世界へと落ちていった。

 邸宅の静寂が一行全員を優しく包み込む中、穏やかな夜がゆっくりと過ぎていった。



 翌朝、早く起きて書類を確認し終えたエレオノーラが朝食の席に着くと、レイモンドが険しい表情で話しかけてきた。「エレン、フィリップ殿下、聞いてほしいことがあります」


賊の始末については、本当は街道の見回りに引き渡すという手もありました。けれど、街道の見回りが来るかどうかわからないのと、身体能力の高いこの賊を無事に連れていけるほどの腕の人がダイバーレス王国にはいないのではないかという懸念もあり、フィリップは埋めることに決めたのです。


さて、次回レイモンドは何を伝えたいのでしょう。


次の更新は、明後日21時の予定です。2日に1回の更新を目指しています。


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