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62.迫る恐怖

 エレオノーラの乗る馬車が突然大きく揺れた。

「どうした!」

 フィリップが叫ぶ声が車内に響く。エレオノーラはバランスを失って座席から転げ落ちそうになったが、すぐにフィリップが身を乗り出してかばってくれた。その手は力強く、エレオノーラは一瞬だけほっとした。

 しかし次の瞬間、外から剣がぶつかり合う激しい音が聞こえてきた。心臓がドクドクと早鐘のように鳴り始める。

「馬車の中央に集まるんだ!」

 フィリップの声に、エレオノーラとマリー、ヘンリーがあわてて真ん中に寄った。その間にフィリップが鋭い目つきで窓の外をちらりと確認する。その顔が険しくなった。

「賊だ。護衛が対応している」

 賊!?エレオノーラの顔が青くなる。物語では読んだことがあるけれど、まさか自分が実際に遭遇するなんて。


 フィリップは剣を抜いて馬車から出ると扉を背にして立った。

「中から鍵をかけるんだ!」

 外からは激しい剣の打ち合いや怒号が響き渡り、混乱は続いている。

「殿下は剣技では国内有数の使い手なんです。きっと大丈夫です」

 とヘンリーが冷静な声で言うが、エレオノーラは気が気ではない。


(フィリップに何かあったら、どうすればいいの!?)

 エレオノーラは恐怖におびえながら、少しだけ扉の窓に寄って外の様子を伺った。黒い装束に身を包んだ十数人の男たち。彼らの動きを見て、エレオノーラは眉をひそめた。

(この人たち、ただの盗賊じゃない…)

 ダイバーレス王国は比較的豊かで、賊になるような人間は限られている。それに、普通の賊なら動きがもっとばらばらで、統率が取れていないはずだ。でもこの黒装束の男たちは、まるで訓練された兵士のように息が合っている。

 でも騎士団とも違う。騎士団ならもっと堂々とした動きをするし、ダイバーレス王国で一番鍛えられているヴェルデン騎士団でさえ、こんなに素早くない。

(一体何者なの…?)


 その時、1人の黒装束の男が馬車に近づいてくるのが窓越しに見えた。目元に傷のある男が剣を抜き、フィリップに斬りかかる。フィリップはそれを受け止め、鋭い剣さばきで応戦した。

(フィリップ、すごい……)

 エレオノーラは、ヘンリーの言うとおり、フィリップが強いことを知って少し安心した。

 二人の剣が火花を散らしながらぶつかり合っている。激しい打ち合いの隙を狙って、もう一人の背の高い黒装束の男が馬車の扉に手を伸ばした。エレオノーラは驚いて、扉の反対側に逃げ込む。


 ガンガンガン!何度か激しい音がした後、バタンと扉が勢いよく開け放たれた。中を覗き込んだ男の目が、氷のように冷たく光る。

「お前がエレオノーラだな?」

 低くてぞっとするような声。エレオノーラは恐怖で体を固くした。

「エレオノーラに触れるな!」

 フィリップが血相を変えて叫び、馬車に向かおうとした。でも目元に傷のある男がしつこく邪魔をして、フィリップは近づくことができない。

 そして背の高い男が、ずかずかと馬車に押し入ってきた。


 ヘンリーが震えながらもエレオノーラの前に出て守ろうとしたが、背の高い男に「邪魔だ!」と外に放り出されてしまった。ヘンリーは馬車の中に戻ろうとするも、腰が抜けて動くことができない。マリーは「お嬢様!お逃げください!」と叫んで男の足にしがみついたが、軽く振りほどかれてしまう。


「この野郎!」

 フィリップは、邪魔をする男に思い切り切りつけた。鋭い剣筋がきらりと光り、男がばたりと倒れた。フィリップは急いで馬車の中に向かったが――


「動くな!」

 背の高い男は、がっとエレオノーラの肩を掴み、光るナイフを喉元にぴったりと突きつけた。

「抵抗したら、この女の命はないぞ」

 男の嘲るような声に、フィリップの目が怒りで燃え上がった。

「エレオノーラ……!」

 フィリップは震える声で彼女の名前を呼んだ。黒曜石のような深い瞳が強い怒りに揺れる。


 その瞬間、白い光が爆ぜるようにあふれた。耳鳴りのような音とともに、台風のような強い風が駆け巡り、枯れ葉が舞い上がる。エレオノーラは思わず目を閉じた。


 ……光と風が収まって目を開けてみると、賊たちは全員白目をむいて気を失い、地面に崩れ落ちていた。フィリップは目を大きく開いて驚いた様子だったが、すぐにエレオノーラに駆け寄って抱きしめた。

「今の……何が起こったの?」

 エレオノーラが呆然とした声で尋ねると、フィリップは困惑と驚きが混ざったなんとも言えない表情を見せた。

「……分からない。けど、君が無事で良かった……!」

 エレオノーラを抱きしめる腕に、ぎゅっと力が入る。エレオノーラはまだ震えている手をフィリップの背中に回した。


「フィリップ、大丈夫?ケガは無い?」

「大丈夫だよ。エレオノーラこそ、ケガは無い?怖かっただろう」

 抱きしめていた手をほどいて、顔にそっと手を当てる。ナイフを当てられていた首筋を見て、傷がついていないのを確認した。


 そして、地面に倒れている護衛騎士たちに大きな声で呼びかけた。

「おい、みんな大丈夫か!賊を縛り上げるぞ!」

 騎士たちは「は、はい!」とあわてて立ち上がって、気を失った賊たちを縄でぐるぐる巻きにし始めた。


 フィリップはその様子を見ながら考えた。

(今のが、もし魔法だったとしたら……)


カークは連れてくると目立つのと、何かあった時に王都を守らせたいので置いてきていました。カークがいれば、もうちょっと楽に戦えたのに……と心の中で思うフィリップでした。

次回もこの続きです。

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