表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/102

61.ヴェルデン公爵領へ向かう道

フィリップ視点での話です。

 夜が明けた今でも、昨日のヘンリーの涙を思い出すと胸が痛む。それでも、犯人が予想よりも早く見つかって、ようやく息がつけた。両親や部下を疑わねばならない状況は、私にとってこれ以上ない重圧だった。

 ただ、アンドリアンは他の部下にも同様の手口で何かを指示してくるかもしれない。私は、他の信用している部下たちにも、脅しの具体的内容は伏せてヘンリーのことを話した。

「もし誰かに脅されたり、困ったことがあったりしたら、必ず私に報告してくれ。どんな理由があっても、君たちを罰することはない。約束する」


 それにしても、ヘンリーの実家であるフィールド男爵領のことが気になった。あの時、もっと注意深く状況を調べていたら、彼がこんな立場に追い込まれることもなかったのではないか。もしかしたら、奴隷売買の原因となった収穫量減少のことすらもアンドリアンの陰謀だったのではないか。まるで棘が刺さったみたいに、色々な疑念がずっと引っかかっていた。


 考えることに疲れた私の視線は、馬車の中で目の前に座るエレオノーラへと向かった。彼女は車窓の外を眺めているが、太陽の光を受けた横顔がどこか穏やかに見える。

 隣に座りたい気持ちはあったが、先日エレオノーラが話していた「2人きりでいたことを母親に叱られた」という話を思い出し、私は正面の席に腰を下ろした。早く婚約してしまいたい気持ちが募る。そうすれば堂々と隣に座れるのに。だが、今はまだその時ではない。

 エレオノーラの隣には侍女のマリーが座り、私の隣にはヘンリーが座っている。……ヘンリーを置いてくるのは気が引けたので、同行させることにした。


「天気が良くて良かった。最近冷えるから、日差しがあるだけで違いますね」

 とエレオノーラが笑顔で言う。その明るい笑い声は、昨日まで私を苦しめていた暗い気持ちを吹き飛ばすようだった。

「そうだね。でも、僕はエレオノーラ嬢と一緒の旅なら、たとえ雨降りでもかまわないけど」

 そう言うとエレオノーラは頬を真っ赤に染めて、ぱっと視線をそらした。横でマリーがその様子を微笑ましそうに見ている。一方、ヘンリーは「外の雲の形が面白いですね。あの雲なんて鳥のようです」とか言いながら普通に景色を眺めていた。彼の天然っぷりに、私は思わず苦笑してしまう。


 1日目の昼過ぎ、木漏れ日の眩しい街道の休憩所で馬車を停めた時のことだった。

「少し足を伸ばしたいわ」

 エレオノーラが私の手につかまって馬車から降りようとした瞬間、彼女のスカートの裾が馬車のステップに引っかかった。

「あっ!」

 とっさに私は彼女の腰を支えた。エレオノーラは私の胸に顔を埋めることになり、いい香りがふわっと届いた。

「大丈夫?」

「う、うん……。ありがとうございます、フィリップ殿下」

 エレオノーラの顔は林檎のように真っ赤だった。私は思わぬ役得に顔がほころびそうになるのを抑えるのに苦労した。

「お2人とも、まあ!」

 マリーがくすくすと笑いながら言った。

「まるで小説の1場面みたいですわ」

 その時、ヘンリーが真顔で口を開いた。

「フィリップ殿下、エレオノーラ様の転倒を防ぐ素早い反射神経は、やはり日頃の剣術の鍛錬の成果ですね」

 その真面目すぎる感想に、私たちは顔を見合わせた。でも、そのおかげで気まずい雰囲気は一気に和んだ。ヘンリーは、こういう時にも意外と役に立つのかもしれないと思った。


 2日目。王都からヴェルデン領に行くには、山地の間の道を通る必要がある。普段は商人や旅人がよく使う安全な街道だが、山間部に入ると少し薄暗くなる。

「この辺りの景色は綺麗だけど、ちょっと寂しいのですよね」

 エレオノーラがつぶやいた。

 確かに、周りには赤や黄色に染まった木々に包まれている山や岩肌しか見えない。鳥の鳴き声と馬車の車輪の音だけが響いている。晩秋の湿った土の香りと冷たい木枯らしが窓の隙間から忍び込んでくる中、私たちの一行は先へ急いだ。


 ヘンリーがきょろきょろと辺りを見回している。

「この街道は、一応定期巡回地域ですよね?しばらく王国軍を見ていない気がしますが……?」

「そう言われてみれば、たしかに……」


 嫌な予感がした。

 山間部に入る前に一度商人と思われる一行とすれ違ったきり、誰とも遭遇していないことに気づいた。普段この賑やかな街道でそんな状況になることは無い。


「何かおかしいぞ」

 私が言ったその時だった。

 馬車が突然大きく揺れ、急に停まった。


「どうした!」

 私はとっさに叫んだ。エレオノーラをかばうように身を乗り出して肩を抱きつつ、剣の柄に手をかける。

 馬車の外から騎士たちの剣がぶつかり合う金属音が響き渡るのが聞こえる。何が起きたのかはわからないが、この旅が平穏無事に終わらないことだけは確かだった。


「馬車の中央に集まるんだ!」

 私は叫んで、3人の動くのを視界の端で確認しながら素早く窓の外を確認した。

「賊だ。護衛が対応している」


平和で牧歌的なダイバーレス王国に突如として表れた賊。

次回は、この続きからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ