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59.作戦

 翌日のフィリップの執務室には、エレオノーラとリカルドの姿があった。


 フィリップはエレオノーラの提案を聞いて、前世で真央がスリングを使って子育てしていたことを思い出した。

(確かにあの頃、スリングは本当に便利だった。直樹も安心してよく眠っていたな)


「なるほど。スリングを国内に広めるのはいい案ですね」

 フィリップは指を組んで、二人を見回した。

「貴族への広め方は、そちらの提案通りで行きましょう。慈善晩餐会での実演は効果的だと思います」

 エレオノーラは嬉しそうに微笑んだが、フィリップの表情は少し曇った。


「ただ、庶民向けのスリングは別の課題がありますね」

 彼は机の上の地図を指でとんとんと叩いた。

「いきなり全国規模での販売は難しいでしょう。まずは協力してくれる領地から順に進めていくべきです」

 フィリップは立ち上がって窓に近づき、外の景色を眺めながら続けた。

「実は、改革に興味を示している領主もいました。アンドリアン宰相が『改革への協力は控えるように』と圧力をかけていましたが……」

 振り返って二人を見る。

「改革でないことならば、それぞれの領地も協力してくれるかもしれません」


 その言葉にリカルドは深く頷き、腕を組んだ。

「それならば、こういう手はどうでしょうか」

 彼は身を乗り出した。

「協力してくれる領地で、スリングの使い方や育児方法の講習会を開く。商品のアフターケアという名目にすれば、改革そのものよりも受け入れやすくなるはずです」

 リカルドはエレオノーラを見た。

「エレオノーラ、お前が講師をやるんだぞ」

 エレオノーラは背筋をぴんと伸ばした。

「はい、お父さま!」


 フィリップは椅子に座り直し、慎重に考えを巡らせた。

(社交界での実演もそうだが、エレオノーラが表に立つことが多くなるな。彼女がやることにこそ意味があるから、危険だからと言って隠れているわけにもいかないし……)

 フィリップの表情が険しくなる。

「……ただ、問題があります」

 彼は指で机をこつこつと叩いた。


「アンドリアンの狙いが国力の低下であれば、間違いなく、妨害を試みるでしょう。また、ヴェルデン公爵家の輸出入に関わる不正の証拠書類を持ち出して脅してくるかもしれません」

 エレオノーラは眉をしかめて言った。

「育児グッズの販売を中止しているわけじゃないから、宰相の要求を直接反故したわけでもないし報告はいらないけれど、根本的な解決ではありませんからね」


 リカルドは重々しくうなずいた。

「やはり、先日話したとおり、対抗する準備を薦めなくてはいけませんな」

「対抗する準備って?」

 エレオノーラが首を傾げると、リカルドは髭をなでながら口を開いた。

「レイモンドに、輸出入に関する詳細な書類を作成するよう指示してある。こちらには何も落ち度は無いし、古くからの記録も全て残っている。アンドリアンからの紹介で働いていた者の不正も突き止めたし、身柄も拘束済みだ」

 リカルドは拳を机にとんと置いた。

「捏造された証拠を叩きつけられたとしても、確実に論破できるだろう」

 エレオノーラは安堵の表情を浮かべ、父の周到な準備ぶりに感心した。

(さすがお父さま、抜かりがないのね)


 しかし、ふと疑問が湧いてきた。

「でも、その書類を領地から運ぶのはどうするの?途中で襲われたり、すり替えられたりしたら……」

 リカルドはエレオノーラをまっすぐ見つめた。

「エレオノーラ、お前が取りに行くんだ」

「え?私が?」

 エレオノーラは目をぱちぱちとまばたきした。

「わかりました……」

 不安そうにうなずくエレオノーラに、フィリップが穏やかな声で言った。

「ご安心ください。私が同行してヴェルデン領まで行きます」

 彼は立ち上がって、エレオノーラの前に歩み寄った。

「信頼できる直属の護衛騎士を伴い、安全を確保します。それならどうでしょう?」


 エレオノーラは驚きで口をぽかんと開けた。

「え、ええ?殿下がご自身で?」

 彼女は慌てて立ち上がった。

「ご自身の身が危険になるかもしれません。それに、王宮をお離れになってよろしいのですか?」

 フィリップは穏やかに微笑みながら答えた。

「エレオノーラ嬢の安全が第一です」

 彼は窓の外を見つめた。

「それに、この問題の重要性を考えれば、私が同行するのが最善の策でしょう」

 エレオノーラは頬をほんのり赤く染めながら、照れくさそうに笑った。

(殿下ってば、そんなに心配してくださるなんて)


 彼女は手をぱんと叩いて、場の空気を和ませるように明るく言った。

「それでは、戻ってきてからマルテッロ公爵にスリングの発注をすることにいたします。宰相への対策の方が優先ですものね」

 エレオノーラはフィリップの黒曜石のような瞳を見つめて言った。

「殿下とご一緒なら安心です」

 フィリップも微笑みを返し、心の中で静かな決意を固めた。

(エレオノーラの明るさと前向きさが、この困難な状況を乗り越える鍵になるだろう)


次回は閑話が入ります。フィリップとエレオノーラの旅はその次の回から始まります。

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