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54.糸のように絡み合う

フィリップ視点での話です。

 私は静かに執務机に向かった。昨晩アンドリアン宰相に関する問題を王に直接伝えようとした時のことを思い出すと、苦々しい気持ちになる。

(あのやり方では駄目だ)

「直接言葉で伝えるのではなく、書類にまとめた方が邪魔が入らなくていいかもしれないな」

 一人ごちながら、私はそう結論付けた。


 私は、信頼する部下たちを呼び寄せた。

「アンドリアン周辺と兄上の動向を徹底的に調査してくれ。それぞれに監視を付けよう」

 同時に、フランソワ嬢から頼まれていた件についても指示を出した。アッシュクロフト領産の小麦のスタンダル帝国への輸出減少について、これも調査が必要だ。


 数日後、集まった情報に目を通していると、興味深い事実が浮かび上がってきた。

「ヴェルデン港から小麦を輸出するのに必要な貿易証明書の発行手数料が高くなったと、商人たちが言っているらしい」

 私は眉をひそめながら、ペンで机をコツコツと叩いた。

 商人たちは手数料が高いからアッシュクロフト産の小麦を輸出するのを諦め、小麦が国内に余り、それが国内消費の増加と価格下落に繋がっていたのだと考えると辻褄が合う。

「だけど、どうして手数料がそんなに高くなるなんてことが起こるんだ?」

 私は首をかしげた。スタンダル帝国との貿易に関しては、ヴェルデン公爵が経済担当の国務大臣として調整に関与しているはずだ。彼に直接確認を取るのが一番早い。


 城の執務室に呼び出した公爵と向き合った私は、単刀直入に尋ねた。

「貿易証明書を発行するための手数料が高くなったという話なのですが、いつ変更されたのですか?」

 公爵は困惑した表情で首を振った。

「いいえ、私の知らぬところで決められたようです。そんな話は、一度も耳にしていません」

(やはりそうか)

 これほど重要な変更を、経済担当国務大臣である公爵の知らないところで行うなど通常では考えられない。何かが動いている。

 公爵は考え込むように眉間にしわを寄せ、やがて言った。

「貿易証明書は、確かにヴェルデン公爵領で発行し、手数料もそこで徴収しています。そこに、アンドリアンからの紹介で働いている者がいるはずです。その者が、勝手に手数料を多く取っていることは十分考えられます。急いでレイモンドに連絡を取り、詳細を調べさせます」


 公爵が辞去した後、私は一人執務室に残り、これまでの情報を頭の中で整理していた。


 その後、部下たちから集められた報告は、さらなる疑念を呼び起こした。

 側近のヘンリーが告げた。

「アンドリアン宰相のもとに、スタンダル帝国からと思われる使者がたびたび訪れているようです。」

「スタンダル帝国からの使者が……?」

 その言葉に、私は思わず椅子に背を預けた。まさか、アンドリアンは外国と密通しているのか?

 私は指で机を軽く叩きながら考えを巡らせた。そして、ヘンリーが続けた。

「それと、ハーマン王子殿下がアンドリアン宰相と密会しているという情報も入っています」

 胸の奥に、得体の知れない不快感が広がった。私は苦い笑みを浮かべた。

「やはりな」

 先日、私が王の執務室を訪れた時、兄上が「偶然」現れたのは、どうやら本当に偶然ではなかったようだ。アンドリアンが裏で糸を引き、兄上を利用している可能性は高い。


 私は深く息を吐いた。兄上は、残念ながら短慮で自分に都合のいいことをすぐに信じてしまうところがある。アンドリアンはそこを狙っているのだろう。

「まったく、困った兄上だ」

 私は頭を振りながら、ペンを取り出した。

「全てを明らかにするには、もう少し調査して、揺るがぬ証拠を手に入れることが必要だな。今の段階では、まだ憶測の域に過ぎないと思われてしまうだろう」


 兄上やアンドリアンの妨害をかわすためにも、確実な証拠をまとめることが最優先だ。私は改めて、これまでの情報を慎重に整理することにした。机の上に散らばった書類を見つめながら、私は小さく呟いた。

「私がやるしかない」


 ……頭の片隅で、働きすぎである私を心配するエレオノーラの顔が浮かんだ。

エレオノーラがなんとなくのほほんとしている間に、フィリップは神経をすり減らしながらがんばっていました。

次はエレオノーラの回です。前回何か思いついたようですが、何を思いついたのか。

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