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53.膝のストレッチからの

ほのぼの体ケア回です。

 ヴェルデン公爵家の舞踏室で、ビジョントレーニングと体を整える体操を終え、三人――エレオノーラ、ヒューゴ、フランソワの額には、うっすらと汗が滲んでいた。


「あ、そうだ!」

 エレオノーラは手をぽんと叩いて、急に思い出したように声を弾ませた。

「面白いストレッチを教えてあげるよ! 領地で子どもたちの体をケアしているときに、偶然見つけたんだ」


 二人の目がきらりと光る。興味津々といった様子で、エレオノーラの方に体を向けた。

「どんなストレッチですの?」

 フランソワが身を乗り出すと、エレオノーラは嬉しそうに領地での出来事を語り始めた。

「実はね、ある子どもの膝の形がちょっと歪んでることに気づいたのよ。それでちょっと思いついて、膝を色々な方向に優しく曲げてみたの」

 エレオノーラは自分の膝を触りながら説明を続ける。

「そしたらね、膝だけじゃなくて足首や股関節まで柔らかくなったの!」

「おぉ」

 ヒューゴが感心したように緑の目を見開いて相づちを打つ。

「試しに他の子にも同じことをやってみたんだけど、みんな同じように柔らかくなったんだよね。すごくない!?」

 エレオノーラは得意げに胸を張った。


「すごいですわ! 私もぜひやっていただきたいですわ!」

 フランソワが目をキラキラと輝かせると、ヒューゴも興味深そうに頷いた。

「俺もやってもらいたいけど……痛くないよな?」

「全然痛くないみたいだよ。コツはね、力をかけすぎずにゆっくりじわーっと伸ばすことなんだ」


 エレオノーラはさっそくフランソワの施術を始めた。

 丁寧に膝や関節を確認しながら、ゆっくりと圧をかけていく。フランソワは、自分の足がまるで粘土のように形を変えられているような気持ちになった。そして、二人同時に驚いてもらいたかったエレオノーラはフランソワに待ってもらい、ヒューゴにも圧をかける。

「おい、エレン。なんか俺の膝の方が扱いが雑じゃないか?」

 怪訝な顔でヒューゴがエレオノーラを見た。

「気のせい気のせい!……どうしても、ヒューゴの方がごつごつして固いから、力が入っちゃうの」


 ヒューゴの施術が終わり、足を動かした二人はその効果に驚いた様子だった。

「なんだこれ、足首がめっちゃ軽く回るぞ!」

 ヒューゴが感嘆すると、フランソワも

「本当に不思議な感覚ですわ!今までどんなに回しても、ある程度しか軽くまわせなかったのに……」

 と感動を隠せない様子だった。


「ただ、この方法はすごいんだけどね……」

 エレオノーラは少し困ったような顔をして呟いた。

「自分の膝にはうまく施術できないんだよねぇ。手の角度とか、どうしても限界があるの」

 そんなエレオノーラの様子を見て、ヒューゴがすっと立ち上がった。

「なら、俺がやってやるよ」

 その瞬間だった。

「だ、だめですわ!」

 フランソワが慌てたように声を張り上げた。顔を真っ赤にして、まるで何か大変なことが起こるかのような勢いだった。


「私以外の淑女の足を触るなんて、許しませんわ!」

 発言した瞬間、フランソワ自身がはっとした表情になる。自分が何を言ったのか気づいたのだ。そして顔が更に真っ赤になった。まるで茹でタコのように。

 ヒューゴもバツの悪そうな顔をして、ぽりぽりと頭をかいた。


 エレオノーラは頭の中で「???」マークが飛び交った。

(え?私以外の足を触るなんて、ってどういうこと!?)

 エレオノーラはヒューゴとフランソワを交互に見た。


 エレオノーラが困惑していることに気づいたヒューゴは、更にバツが悪そうに頭をかいた。フランソワは困った顔でエレオノーラを見つめている。

「実は……」

 フランソワが意を決したように口を開いた。

「私、ヒューゴと婚約したのですわ」

 エレオノーラの青い目がまん丸になった。まるで皿のように大きく見開かれる。

「えぇ!?」

 エレオノーラの声が一オクターブ高くなった。

「そんな大事なこと、早く言ってよ!!」

「ごめんなさい!」

 フランソワは慌てて手をひらひらと振った。

「でも、別に秘密にしていたわけじゃないのですわ。切り出すタイミングがなかなかつかめなくて……」

「まあ、そういうことだ」

 ヒューゴが苦笑いを浮かべながら説明を加えた。

「俺がアッシュクロフト家に入り婿として入ることになったんだ」


 エレオノーラの頭の中で、王都に帰ってきてからの様々な不思議な場面がパズルのピースのように組み合わさっていく。

(そりゃ、フランソワがフィリップの顔に見とれていたら、ヒューゴは面白くないわけよね!)

「もう! 二人とも水臭いんだから」

 エレオノーラは頬を膨らませて、ちょっと怒ったふりをした。でも、すぐに満面の笑顔になって言った。

「でも、素敵な話だね! 結婚式はいつなの? 楽しみ!」


 そのあと、エレオノーラは堰を切ったように質問を浴びせかけた。

「いつから付き合ってたの?」「プロポーズはどんな感じだったの?」「式場はどこにするの?」

 フランソワはその質問攻めに顔を真っ赤にしながら簡単に答えながらも、ぎこちない手つきでエレオノーラのケアを始めた。初めてなので緊張しているのか、顔はまるで手術でもしているかのように真剣そのものだ。

「こう……でいいのかしら?」

「そうそう、もう少し優しく……そう、それ!」

 施術が終わると、エレオノーラは足首をくるくる回した。

「フランソワ、すごいね!ありがとう。軽くなったよ!」

 エレオノーラは笑顔で礼を述べると、

「私が見つけた方法だけど、本当にすごいね!」

 と自画自賛した。


 軽くなった足でウォーキングを楽しんだ後、木陰で一休みしていると、エレオノーラがぽつりとつぶやいた。

「ヒューゴとフランソワも、もう結婚するような歳なんだね……」

 その言葉を聞いて、ヒューゴとフランソワは顔を見合わせる。そして、思わず苦笑いを浮かべた。

「何を言ってるんだよ?エレンだって同じ歳だろ?」

 ヒューゴがそう指摘すると、フランソワも頷いた。

「そうですわ。エレンだって、もう結婚していたかもしれませんのよ?」

 そこまで言ってから、フランソワは慌てたように手をひらひらと振って付け足した。

「でも、ハーマン殿下との結婚が無くなったのは正解ですけれど!」

 フランソワの慌てた様子に、3人は思わず声を上げて笑ってしまった


(それにしても、私が教えたトレーニングで仲を深めたなんて!)

 そう考えると、胸の奥がじんわりと温かくなった。

 フランソワの優しい性格とヒューゴの誠実さ。きっと素敵な夫婦になるだろう。

(そのうち生まれるだろう子どものためにも、現状をなんとかしなくちゃ)


 そこまで考えて、エレオノーラは突然思いついた。

(これなら、もしかしたら、育児グッズの販売を中止しなくてもなんとかなるんじゃない!?)

ヒューゴは、プロポーズに成功していたみたいです。

次回は、フィリップの話の続きです。

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