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52.疑惑

 城の執務室の重厚な扉が静かに閉まる。俺は、アンドリアン宰相と向かい合って座った。テーブルに並べられた書類の束を見ながら、俺の眉間にしわが寄る。


 宰相が持参したこの書類は、なんとヴェルデン公爵が輸出入で違法なことをやっているという証拠だった。まさかあの堅物で融通のきかない公爵が?

「この内容、本当なのか?」

 俺は疑いの気持ちを抑えながら問いかけた。

 アンドリアンはこくりと小さく頷く。そして声を落とした。

「ええ、間違いございません。もしこの公爵の悪事が明らかになれば、王国の威信を保つためにも厳しい処罰が必要になるでしょう」


 俺は書類をパラパラとめくりながら、心の中でにやりと笑った。最近、ヴェルデン領がエレオノーラによる改革で大成功しているという噂を聞いて、正直イライラしていたところだった。

(俺が婚約を破棄した愚鈍な女が実は有能だったと評価されるなんて、まるで俺に見る目が無かったみたいじゃないか!!)


「ついでにエレオノーラの評判が落ちるなら、それはそれで好都合だな」

 俺は書類を投げ捨てるように机にどさっと置いた。

 すると、アンドリアンの漆黒の瞳が光った。

「ハーマン殿下、実はさらにお伝えすべきことがございます。この件に関して、なんとフィリップ殿下がヴェルデン公爵と裏で繋がっているという情報を入手いたしました」

「何だって?」

 驚いて、思わず椅子から尻が浮きそうになるが、尻が重たくて持ち上がらなかった。……いや、俺はカミーユが言うほど太ってはいないぞ。


 アンドリアンは慎重に言葉を選びながら続けた。

「確証はまだありませんが、彼の最近の動きは注意深く観察する必要があります。殿下、もしかするとフィリップ殿下が王国の改革を手柄として、王位継承権を狙っている可能性も否定できません」


 フィリップ――父上の側妃の子で、俺の異母弟。

 あいつのことを考えると、俺の胸の奥がざわざわする。痩せていて整った顔立ち、いつも冷静で知的な雰囲気を漂わせている。周囲の人間は皆あいつを優秀だと褒めそやす。俺とあいつを比べるような視線を向けられるたび、俺は気づかないふりをするのに必死だった。それがどれだけ苦痛か、誰にもわからないだろう。


 あいつはいつも優しい言葉で俺を立てようとする。でも、その姿が俺には嫌味にしか感じられない。まるで「兄上のプライドを傷つけないよう気を遣ってあげていますよ」とアピールしているみたいで。


「確かにな。あいつは油断ならない」

 俺は歯を食いしばりながら、低くつぶやいた。


 それ以来、俺はこっそりとフィリップに見張りをつけるよう部下に命じた。アンドリアンが教えてくれた疑惑を確かめるためだ。

 そして昨夜、見張り役から興味深い報告を受けた。部下は重たそうな体をひきずるようにドタドタ走り、息を切らせながら俺のもとに駆け込んできた。こいつこそ、痩せるべきだ。


「ハーマン殿下、重要な報告があります。フィリップ殿下が深夜に国王陛下の執務室に向かわれました」

 その一言で、俺の心臓が跳ねた。こんな夜遅くに父上に何の用があるというんだ。怪しいだろう。

「間違いないな?」

「はい、この目で確かに見ました」

 俺は重たい体を素早く動かし、急ぎ足で執務室に向かった。もしフィリップが裏で何か画策しているのなら、この目で確かめなければならない。廊下を歩きながら、俺の頭の中では様々な憶測が渦巻いていた。


 執務室の重い扉をゆっくりと開けると、案の定、フィリップが父上と向かい合って話をしていた。ろうそくの明かりが二人の顔を薄暗く照らしている。

「おや、こんな時間に弟君が陛下に用があるとは珍しい」

 俺がわざとらしく明るい声で言うと、フィリップはこちらを振り向き一瞬嫌そうに眉をしかめた。でも、すぐにいつもの冷静な顔に戻る。本当に嫌なやつだ。


「兄上、こんな時間に何かご用が?」

 フィリップの声はいつもの穏やかだけれど他者を寄せ付けないものだった。

「いや、特にない。ただ通りがかっただけだ」

 俺は肩をすくめて見せた。

「だが、お前が陛下と何を話そうとしているのか興味がある。私も同席していいか?」

 父上は疲れた表情を浮かべながら、ため息をついた。

「構わん」

 俺はわざとらしく椅子を引きずって座り、フィリップを牽制するように視線を向けた。

(さあ、隠し事があるなら白状しろ)


 フィリップは特に動揺を見せることなく、淡々と話を続ける。

 話の内容は、育児グッズの販売促進策と、国内の若者の教育に関する調査の進捗状況についてだった。正直、大したことではなかった。途中でアンドリアンの名前が出たが、俺がいるせいか詳しくは話さなかった。きっと俺を警戒したのだろう。


 執務室を後にしながら、王への報告の中にアンドリアンの名前が出たことで、俺は心の中でフィリップへの警戒心をさらに強めていた。あいつは今まで思っていた以上に危険な存在かもしれない。あいつの企みに父上を利用しようとしているに違いない。


 次の朝、俺は朝食もそこそこにアンドリアンのもとを訪れた。ちょっと足りなかったが、仕方がない。

「フィリップが父上に直接会いに行っていた。昨夜のことだ。何か企んでいるのは間違いない」

 俺は昨夜の出来事を詳しく報告した。


 アンドリアンは静かに頷きながら、慎重に言葉を選んだ。

「殿下、私どももさらに詳しく調査いたします。フィリップ殿下の真の狙いを必ず暴いて見せましょう」

 俺はアンドリアンの言葉に力強く頷いた。拳を握りしめながら、心の中で決意を固める。


 王位を脅かすものがいるなら、誰であろうと容赦はしない。特に、フィリップには絶対に渡したくない。あんなやつよりも俺の方が優秀だということを国中に認めさせなければ。


次回は、エレオノーラの話に戻ります。

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