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49.相談が終わってから

 リカルドの深刻な相談が終わり、緊張感に満ちていた応接室の空気も少し和らいでいた。リカルドが重い足取りで退室したあと、護衛騎士のカークに軽く手招きをして室内に入れると、エレオノーラの方を向いた。

「まだ話したいことがあるので、お時間をいただいても?」

 フィリップの静かで丁寧な口調には、いつもとは少し違う真剣さが込められていた。


 エレオノーラは首をかしげながらも、素直にうなずいた。一体何の話なのか見当もつかないが、きっと重要なことなのだろう。

 窓の外には夕暮れの柔らかな光が差し込み、部屋全体を温かく穏やかな雰囲気で包んでいる。まるで二人だけの特別な時間を演出しているかのようだった。


「城に帰ったらすぐにアンドリアン宰相のことについて調べなきゃいけないから、手短に話すけど、その前に」

 そしてフィリップは、少し間をおいてから口を開いた。


「フランソワ嬢やヒューゴ殿と話しているときは、ずいぶん砕けた口調なんだね」

 その指摘に、エレオノーラはぱっと顔を赤らめた。確かに友達の前では、ついつい地が出てしまう。王子の前では常に行儀よくしなければと気をつけているつもりだったが、そんなところまで見られていたとは。

「お恥ずかしい姿をお見せしてしまいました」

 エレオノーラは照れながらも、くすりと笑って言った。

「確かに、友達と一緒のときは、少しリラックスした話し方になりますね。やっぱり気をつけないと……」


 すると、フィリップは優しく目を細めて微笑んだ。

「2人だけの時には、ぼくにも同じように話してほしいな」

 エレオノーラの心臓が一瞬止まりそうになる。

(その笑顔は反則……!)

 心の中で悲鳴を上げながら、彼女は必死に平静を保とうとした。

「なんだか、敬語で話されると他人行儀で寂しいんだ。出会った頃はお互い敬語だったけど、一緒に暮らしていた時は違ったよね?」

 さっきの笑顔で完全に心を撃ち抜かれたエレオノーラは、顔を真っ赤にしながらこくこくとうなずいた。

「わかった。じゃあ、普通に話させてもらうね」

 彼女の返事を聞いて、フィリップは満足そうにうなずいた。しかし、すぐに表情が真剣になり、少し照れたように視線を逸らしながら言った。


「それで、どうしても伝えたかったことなんだけど」

「どうしたの?」

 まだ顔が熱いエレオノーラは、不思議そうに首をかしげる。フィリップがこんなに恥ずかしそうにするなんて。

 フィリップは一度深呼吸をして、まっすぐにエレオノーラの青い瞳を見つめた。

「エレオノーラ、君と結婚したい」

 その言葉が応接室に響いた瞬間、時が止まったかのような静寂が訪れた。

 全く予想していなかった言葉に、エレオノーラは目を大きく見開いた。心臓が胸の奥で強く跳ねる。更に顔が熱くなる。


 フィリップは、エレオノーラの驚いて真っ赤になった表情を見て、慌てたように続けた。

「ただ、正式な婚約は、今取り組んでいる育児グッズ販売や王国の改革がひと段落してからになると思う。それまでは少し時間がかかってしまうかもしれないんだ」

 彼の声には申し訳なさがにじんでいる。

「君には少し長く待たせることになってしまう。本当にごめん。嫌だったら断ってくれてかまわない」

 フィリップは眉を下げて、心から申し訳なさそうな表情を浮かべた。それから、またエレオノーラをしっかり見つめて言った。

「でも、僕は、この人生でも君と一緒に過ごしたい」

 

 この国では、どんなに遅くても女性は20歳までには婚約するのが普通だった。それよりも遅くなると「行き遅れ」として社交界で陰口を叩かれることになる。エレオノーラにそんな思いをさせてしまうかもしれないことが、フィリップには心苦しかった。


 しかし、エレオノーラは静かに首を横に振った。彼女の表情には、迷いがまったくない。

「そんなこと気にしないで」

 彼女は少し寂しげに微笑みながら続けた。

「ハーマンに婚約破棄されたとき、もうまともな結婚はできないと思ってたから。多少時間がかかるくらい、全然構わないよ」


 フィリップは、その言葉を聞いて顔を歪めた。

「あの時は、兄上が申し訳なかった。この国では魔法の資質が国王の条件だから、魔法を使える兄上が国王になることはもう決定事項なんだ。……僕には魔法が使えないから」

 エレオノーラは、魔法の有無と国王についての話を聞いたのは初耳だった。

「たぶん、僕はこれからずっと兄上を支えていくことになると思うから、君には苦労をかけることになると思う」

 フィリップは本当に申し訳なさそうに伝えた。


 そんなフィリップの瞳をエレオノーラはまっすぐに見つめて言った。

「ハーマンのことは今でも嫌いだけど、でもいいの。私だって、あなたと一緒の人生を送りたいもの。……できれば、ずっと、おじいちゃんおばあちゃんになるくらいまで」

 彼女の言葉に、前世で早くに亡くなってしまったフィリップは少し心が痛んだ。けれど、この人生では、あんなことには決してならない。

「ありがとう、エレオノーラ。一緒に長生きしようね」


 静かな夕暮れの中、オレンジ色の光が二人を優しく照らしている。フィリップはゆっくりと立ち上がり、大切なものを触るようにエレオノーラの手を取った。

「エレオノーラ……」

 彼の声は、いつもよりも低く、優しい響きを帯びている。


 フィリップがエレオノーラの手を優しく引き寄せると、二人の距離が縮まった。視線が交わり、時間がゆっくりと流れているような感覚に包まれる。

 フィリップはそっとエレオノーラの頬に手を当てた。その手は温かい。

 そして、顔を近づけようとしたその瞬間――。


 コンコンと、ドアを軽くノックする音が響いた。

「失礼します」

 フィリップの側近であるヘンリーの、いつも通り落ち着いた声がドアの向こうから聞こえてくる。いつもの、空気を読まないヘンリーの行動だった。

「そろそろお時間です」

 ヘンリーの声は申し訳なさそうだが、仕事は仕事だった。


 フィリップはお茶会への参加という名目でヴェルデン家を訪れていた。あまり遅くなると夕食の時間にかかってしまうし、何より城にはまだ今日中に処理しなければならない書類が山ほど待っている。それに加えて、アンドリアン宰相の案件にも取り組まなければならないのだ。


 エレオノーラとフィリップは、慌てたように身を引いた。まるで何か悪いことをしていたかのように、互いに微妙な距離を保ったまま顔を見合わせる。

 エレオノーラは真っ赤になった頬を隠すように、両手で顔を覆った。心臓がまだドキドキと激しく鼓動している。一方、フィリップは少しばかり残念そうに、わずかにため息をつきながら扉の方を向いた。


魔法は使えないかもしれないけれど、ぜひフィリップには長生きしてもらいたいものです。

次回は、この続きです。フィリップが帰ってからの話。

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