48.本題の相談
しばらくして、応接室のドアがゆっくりと開いた。リカルドが現れ、普段の威厳ある足取りとは違い、どこか重い様子で部屋に入ってきた。
彼は深いため息をつきながら革張りの椅子に腰を下ろすと、両手を膝の上で組んだ。
「フィリップ王子、申し訳ないのですが、少しご相談させていただきたいことがありまして」
フィリップは一瞬、隣に座るエレオノーラの方へ視線を向けた。彼女は不思議そうにリカルドを見つめている。
「人払いした方がよろしいですか?」
フィリップは冷静に状況を判断し、そう尋ねた。
「あぁ、そうしていただけると助かります。ただ、エレオノーラの耳にも入れておきたいので、エレオノーラは残していただきたい」
この言葉を聞いた瞬間、エレオノーラは軽く目を見開いた。瞬きを忘れたように驚いている。
(私には関係ない話だと思っていたけど、違ったのね。一体何の相談なんだろう?)
部屋の空気が一層重くなる中、リカルドは深呼吸をしてから話し始めた。
「実は、育児グッズの販売を中止することについてアンドリアン宰相に報告したところ、警告を受けました。中止を取りやめろというのです」
フィリップの眉が微かにピクリと動いた。
「中止を取りやめろ、とですか?」
フィリップは確認するように聞き返した。
リカルドは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべ、さらに深刻な内容を続けた。
「彼は、もし中止するのであれば、ヴェルデン公爵家が不正に関与したとされる証拠を公にすると脅してきました」
リカルドの拳がわずかに震えている。怒りを必死に抑えているようだ。
「その証拠が虚偽であることはわかっていますが、万が一それが広まれば領地の信用は失墜します。とりあえず、宰相には販売の中止を撤回するという返事をしておきました」
エレオノーラは話を横で聞きながら、驚きのあまり目を丸くしていた。大きく見開かれた瞳には、理解が追いつかない様子がありありと表れている。
(どうしよう、私のせいで……)
エレオノーラは、まさか自分の提案した育児グッズの販売中止によって、ヴェルデン公爵家が脅されるようなことになると思ってもいなかった。
(でも、アンドリアン宰相って……?)
突然、エレオノーラが椅子から少し身を乗り出した。
「ちょっと待ってください!アンドリアン宰相って、フィリップ殿下の改革を邪魔していた方ですよね?」
その言葉を聞いたリカルドは、今度は別の意味で目を丸くして立ち上がって言った。
「なんだと!?なぜ、それを早く言わないんだ」
リカルドの声には責めるような調子はなく、むしろ納得したような表情だった。しかし、エレオノーラは慌てたように青い顔をして弁解した。
「だって、お兄さまからお父さまに情報共有されているものだと思って……」
彼女の声は小さくなっていく。
リカルドはため息をついて言った。
「いや、確かにお前の立場ならそう考えるだろう。責めて悪かった。レイモンドはたぶん、難しい問題だから書類で伝えるのは避けたのだろう」
(レイモンドは、宰相の名を出すことで私が政治的なリスクを優先し、エレオノーラの意見を退けることを心配したのかもしれないな。まさか育児グッズごときの問題に宰相が直接介入してくるとは思わなかったのだろう。)
そう考えたあと、気を取り直してリカルドは言った。
「どちらにせよ、勝手に販売中止するわけにはいかなかった。全国に関わる問題だからな。勝手にやっていたら、脅されるだけじゃ済まされなかっただろう」
しばしの沈黙のあと、フィリップが口を開いた。
「アンドリアン宰相は、どうやらダイバーレス王国の育児環境が良くなることを快く思っていないようです」
その声には怒りが潜んでいる。
「何を狙っているのかは正確にはわかりませんが、とりあえずダイバーレス王国の国力を下げようとしていることは明白です。まったく、宰相の立場でありながら自分の国を弱くしようとするなんて……」
そう言って、フィリップは眉をひそめた。
「アンドリアン宰相がどのような証拠を捏造しているのか、詳しい内容を知る必要があります。国王陛下にも相談し、調査を進めましょう。正義がある限り、虚偽に屈することはありません」
フィリップの言葉には、王子としての威厳と正義感がにじみ出ている。
「ありがとうございます。ご助力に感謝します」
リカルドは深く頭を下げた。その姿はいつも堂々としている彼には珍しく、心労を感じさせるものだった。
リカルドはゆっくりと顔を上げ、締めくくるように話した。
「では、フィリップ王子、どうぞよろしくお願いします。エレオノーラも、アンドリアン宰相には気を付けるように」
リカルドの表情が一層厳しくなる。父親として娘を心配する気持ちが表れている。
「あんな風に直接的に圧力をかけてきたんだ。これからも何をするかわからない。特に、育児グッズの販売中止について進言したのはエレオノーラだからな」
エレオノーラは父の言葉を聞いて、背筋をピンと伸ばした。
「わかりました、お父さま」
エレオノーラは真剣な表情で答えた。その声には、大人としての責任感が宿り始めていた。
次回は、3人での話し合いのあとの応接間での話です。




