46.1年ぶりの朝トレ
朝の優しい光が、ヴェルデン家の立派な舞踏室にさしこんでいる。まるで三人の再会を祝福するかのように、金色の光が床一面に広がっていた。
エレオノーラ、ヒューゴ、フランソワの三人が、一年以上ぶりに同じ場所に集まった。
「さあ、いつものルーティンから始めようか!」
エレオノーラの掛け声で、三人は体を動かし始めた。
まず最初はビジョントレーニングだ。
「ヒューゴの黒目、あまりぶれなくなったね!」
エレオノーラが感心して言うと、ヒューゴは照れくさそうに頭をかいた。
「フランソワも、目の前に来た指先をしっかり追うことができているね」
「ありがとうございますわ」
フランソワがにっこり笑う。
そこでエレオノーラは、ちょっといたずらっぽい表情を浮かべた。
「私のこと、見つめてくれなくなって寂しいな」
この一言に、フランソワの目がぱっと見開いた。1年前はよく指を見失ってエレオノーラの顔を見つめてしまっていたことを思い出す。そしてフランソワはすぐに優しい微笑みを浮かべた。
「エレンのことはいつでも大好きですから、トレーニングじゃないときに見つめますわ」
フランソワのこの返答に、エレオノーラの心が温かくなった。
「エレンも、左を見るときの怖いお顔がなくなりましたわ」
フランソワがそう言うと、エレオノーラは明るい笑顔を見せた。確かに以前は、左を見るたびに顔をしかめていた。それが今では自然にできるようになっている。
足首を回す動きも、1年前とは違って滑らかだ。もちろんそれぞれ課題は残っていたが、確かな進歩がそこにあった。
ルーティンを終えると、3人はいよいよ新しいアイテム、ゴムベルトに挑戦した。
「昨日話していたのは、これですわね!楽しみにしていましたのよ!」
フランソワがわくわくしているのを隠し切れない満面の笑みを浮かべた。
三人はそれぞれベルトを足に装着した。最初は半信半疑で足踏みをしていたけれど、ゴムベルトを外して歩いた瞬間、ヒューゴとフランソワが顔を見合わせた。次の瞬間二人とも目を輝かせてエレオノーラを見る。
「すごいな、これ!びっくりするくらい軽いぞ!」
足が勝手に前に出るような感覚に、軽快に足踏みをしながら笑い出した。
「これならどこまでも歩けそうですわね!」
フランソワも嬉しそうに両足を交互に踏み出している。
他にもベルトを使って腰回しや肩回しの効果を試したあとに、全身が軽くなった3人。
「そろそろ、ウォーキングに行こうぜ!すごく楽に歩けそうだ」
ヒューゴが軽い体をもてあますようにリズムを取りながら言った。
三人は邸宅の周辺へ出てウォーキングを始めた。もちろん、3人とも靴はマルテッロ産の健康を支える靴だ。フランソワは花のかざりがついた可愛い紐靴を履いている。
以前だったら、ほんの少し歩いただけですぐに息を切らしていた。でも今は違う。足取りが驚くほどスムーズだ。ゴムベルト効果もあって、より一層足取りが軽い。
最初の5分はゆっくりと歩いた。体を慣らし、足の正しい使い方を確認するためだ。そのあとは、どんどんスタスタと歩いていく。腕を振って、ちょっと背伸びするようにして、足の裏で地面をしっかりと捉えて。
10分……20分……30分。
30分歩き続けても、もう息は切れない。エレオノーラは胸の奥が熱くなるのを感じた。
「ここまで来るのに結構時間がかかったけれど、努力の成果が見えると嬉しいね」
しみじみと呟くと、フランソワがにっこり笑って頷く。
「ええ、本当に……汗も前ほど流れませんわ」
「そうだね!1年前は、みんな水浴びでもしたみたいにびっしょりだったよね!」
エレオノーラがそう言うと、三人とも笑い出した。確かにあの頃は、少し動いただけで滝のように汗をかいていた。
歩き終えた後、三人は木陰のベンチに腰かけて、この一年のトレーニングについて語り合った。
「エレオノーラがいない間も、私たちちゃんと頑張ってましたのよ」
フランソワが少し誇らしげに言う。
「アッシュクロフト家の騎士たちと一緒にトレーニングしていたんだ。『仲間がいるとがんばれる』だろう?」
ヒューゴは、エレオノーラの顔をのぞき込むように言った。去年、エレオノーラが自分のトレーニングに2人を巻き込んだ時のセリフだ。
「うちの騎士団も、動きにキレが出て強くなったと母が感謝しているのですわ」
フランソワの表情は、本当に嬉しそうだった。
「ヴェルデン家でも、王都の邸宅や領地の使用人や騎士たちはみんなトレーニングしてるよ。お兄さまからも、騎士団の練度が上がったってお礼を言われたの」
エレオノーラが胸を張って言う。
「俺の家の護衛騎士たちも強くなったみたいだな。俺は剣はあまり得意じゃないからわかんないけど、兄貴たちが言っていたぞ」
ヒューゴもうなずく。
やがて話題は、これからの見通しへと移った。
エレオノーラはふと思い出したことを、二人に打ち明ける。
「実はね、私たちみたいに18歳からケアを始めた場合、課題がほとんど無い体になるには……」
エレオノーラは一度言葉を切った。なんだか言いにくいことのような気がしたからだ。
「始めた年齢と同じだけの期間――つまり18と18で36歳まで続ける必要があるっていうことらしいんだよね」
この言葉を聞いた瞬間、二人の足がぴたりと止まった。
「36歳まで……か」
ヒューゴが低くつぶやいてフランソワを見る。まだ18歳の彼らにとって、36歳という年齢は遠い未来に感じられる。
「ずいぶん長いですわね……」
フランソワも小さく息を呑み、困ったような表情を浮かべてヒューゴを見た。
しかし、次第に二人の表情は和らいでいく。
「でもまあ、今までの成果を考えれば、これからも頑張れる気がするよな」
ヒューゴが微笑むと、フランソワも力強く頷いた。
「ええ、わたくしも同じ気持ちですわ。一年でこれだけ変われたんですもの、きっと続けられますわ」
その言葉に、エレオノーラは満面の笑みを浮かべながら心の中で考えた。
(36歳ならまだ若い!真央がトレーニングを始めたのは22歳で、ちゃんとトレーニングできない日もあったから45歳になってもやっていたよ!)
シリアス路線から一転。なごやかないつものメンバー。
もう1回ほのぼの回が続きます。
見どころはフランソワ……?




