39.ゴムベルト
「お嬢様、荷物が届いております」
侍女のマリーが両手に抱えながら持ってきた重そうな木箱を床に置き、蓋を開ける。エレオノーラが中身を覗くと、ゴムチューブの帯がいくつも並んでいた。
「やった!ついに来たのね!ずっと待っていたの!」
エレオノーラは思わず手を叩いて喜んだ。
エレオノーラは、毎日続けている体操に対してずっと不満を抱いていた。
体重は確かに順調に減って、以前よりもずいぶん痩せることができた。ただ、見た目ではわからない腰回りやお腹のしつこい贅肉がなかなか落ちない。
前世で学んだ知識と実際の経験から、ゆがんでいる部分はどんなに努力してもなかなか贅肉が落ちないことを知っていた。逆に言えば、ゆがみが正しく矯正されると魔法のように驚くほど簡単に贅肉がなくなる。わかってはいるけれど、体操だけではなかなか効果が表れなかった。
前世では、体操用のゴムベルトを使って体操することで、骨盤のゆがみを整えていた。でも、この国にはゴムベルトどころか、ゴムという素材が存在しないのだ。あの頃は普通に手に入れて使っていた道具が、今となってはとても貴重なものであることを痛感する。
「やっぱり無理なのかしら……」
エレオノーラは何度もため息をついた。それでも諦めきれなくて地道に調査を続けた結果、ついに希望の光を発見した。ダイバーレス王国よりもずっと南にある熱帯の国々では、ゴムが生産されていることがわかったのだ。そして、それを輸入しているスタンダル帝国ではゴムベルトを作っていることも判明した。
エレオノーラはさっそく兄のレイモンドに頭を下げて、「どうしても必要なの、お願い!」と懇願してそれを輸入してもらった。そのゴムベルトが、やっと届いたのだ。
エレオノーラは手にしたゴムベルトを両手で広げて、ぐいっと軽く引っ張ってみた。久しぶりに感じる独特な弾力のある伸びる感触が前世で使っていたゴムベルトと同じで、顔がぱっと明るい笑顔に変わる。
「このゴムベルトは真っ黒なのね。まるで自転車のチューブみたい」
横で意味がわからなかったマリーが不思議そうな顔をして見ているのを尻目に、エレオノーラは部屋の中央でゴムベルトを腰にくるりと巻きつけた。記憶を頼りに腰を右に回すと、予想以上に驚くほどスムーズに体が動いた。固まって動かしにくい部分では適度な負荷がかかって、筋肉が心地よく刺激される。
リズミカルに腰を回しながら、エレオノーラは満足そうにつぶやいた。
「やっぱりこれよね!この感覚、この感覚よ!」
侍女のマリーが興味津々でキラキラした目で見つめている。その様子があまりに可愛らしくて、エレオノーラは思わず笑ってしまった。
「マリーもやってみる?一緒にやりましょう」
「本当にいいんですか!?ぜひやらせてください!」
マリーは手を叩いて喜んで、身を乗り出した。
エレオノーラはマリーのためにもう一つゴムベルトを取り出して腰に巻き、二人で仲良く腰をくるくると回す。
「右に百回、左に五十回よ」
スカートの裾がふわふわと揺れて、まるで踊っているかのように楽しい光景だった。
次にマリーに手伝ってもらって運動着に着替え、ゴムベルトを右足首から太ももまで巻いた。最初に巻いた方向はどうやら間違っていたらしく、歩くと足首が変な方向に曲がってしまう。
「あら!この巻き方だと足を痛めちゃうわ」
慌ててそう言ったエレオノーラは、正しい方向に巻き直してから、その場で軽やかに足踏みを始めた。
「これで二十回、足踏み……一、二、一、二」
とん、とん、と軽快なリズムで足を踏み出す。二十回の足踏みを終えてゴムベルトを外し、改めて軽く足踏みすると、予想以上に膝が高く上がる。
「そうそう、これもやりたかったの!」
思わず声を上げて嬉しそうに笑い、足をぴょんぴょんと軽やかに動かしてみせる。
エレオノーラがゴムベルトを巻いている間にちゃっかり運動着に着替えてきたマリーも、恐る恐る真似してみる。ゴムベルトを外して足踏みした瞬間、あまりの足の軽さにびっくりして目を丸くした。
「お嬢様、すごいです!膝に羽が生えたみたいです!」
さらに、2人ともゴムベルトを肩にたすきがけのようにかける。エレオノーラが両腕を大きくぐるぐると回し、まるでプールでクロールをするように腕を動かすのを見たマリーも一生懸命真似をする。
前回しに十回、後ろ回しを五回。そうやってしっかりと腕を回してからゴムベルトを外すと——
「……っ、軽い!さすが、ゴムベルト!」
肩に残っていたこわばりがすうっと抜けて、エレオノーラは満足した。
「お嬢様!肩がまるで無くなったみたいに軽いです!こんなに軽くなるなんて!」
「肩が無くなったら大変!ちゃんとついているか確認して!」
マリーが思わず肩を抱いて確認すると、二人で顔を見合わせてくすくすと楽しそうに笑い合った。
レイモンドの働きかけによりゴムベルトの安定した輸入が決まってから、エレオノーラは街の中央広場に集まった好奇心旺盛な人々の前に立ち、実際に体を動かしながらゴムベルトの使い方を丁寧に紹介した。
「皆さん、見てください。皿洗いのちょっとした合間に、腰をぐるぐる回すだけでいいんです。片方に百回、逆向きに五十回!たったそれだけで腰がすっきりしますよ」
エレオノーラが実際に腰をくるくると回してみせると、見ていた主婦たちがくすくす笑いながら「面白そう」「本当に効くの?」と言いながらゴムベルトを受け取り、真似を始めた。
「お料理の途中でもできます。足に巻いて二十回足踏み。さあ、皆さんもやってみましょう!」
広場のあちこちで人々がとんとんと楽しそうに足を踏み鳴らし、ゴムベルトを外して歩いた瞬間「軽い!」「本当だ!嘘みたい!」と驚きの声を上げる。その声が広場中に響いて、まるでお祭りのような賑やかさだった。
「肩こりにはこれです!」
エレオノーラがプールで泳ぐようにクロールの動作で腕を回すと、面白がった子どもたちが「僕もやる!」「私も!」と一緒に真似をした。
「お母さん、あの人泳いでるみたい!」
子どもの無邪気な声に大人たちも笑い、広場全体が温かい笑い声に包まれた。
購入が難しい領民には安価でのレンタル制度を作り、できるだけ多くの領民が使えるようにした。その結果、ゴムベルトは瞬く間にヴェルデン領全体に広まった。領民たちは皿洗いや料理の合間、ちょっとした仕事の隙間時間に気軽にゴムベルトを巻いて体を動かすようになった。体の軽さに、更に作業効率が上がり領民の暮らしは楽になった。体が軽くなった子どもたちが嬉しさのあまり踊りだし、それを微笑んで見ている大人の様子を見かけたエレオノーラは、胸の中が温かくなったのを感じた。
一方、騎士団の逞しい男たちの間でも積極的に取り入れられた。
「これで肩を回すと、剣が前よりも思い通りに走る!」
「腰を回すようになってから、体の動きが安定するようになったんだ」
「その通りだ!相手の剣をしっかり受け止められるようになったぞ!」
そんな嬉しい声があちこちから上がり、騎士団員たちの士気が更に高まった。
エレオノーラは、自分の骨盤のゆがみが少しずつ矯正され、それと共に贅肉も落ちていくのを感じながら、また新たな取り組みができたことに満足していた。
そして、すっかり変わったヴェルデン領のことを思い浮かべながら次の一手を考えた。
(フィリップ殿下とも話していた、ダイバーレス王国の改革。今度は、彼と一緒にこの国を変えていきたい)
次は、またフィリップ視点の話です。




