36.再会
ダイバーレス王国には日本と同じように四季がある。秋が近づくヴェルデン領は、昼間は動くと汗ばむくらい暖かいが、夜になると冷え込む。
少し肌寒い応接室で、エレオノーラは侍女のマリーと一緒にドキドキしながらフィリップを待っていた。つけたばかりの暖炉の火がゆらゆら揺れているのを見つめながら、彼女の心はざわついていた。
「お嬢様、手が震えていらっしゃいます」
マリーが心配そうに声をかけてくる。
「大丈夫よ、ただ少し緊張しているだけ」
エレオノーラは苦笑いを浮かべながら、膝の上で握りしめた手をそっと開いた。手のひらが汗ばんでいる。
(フィリップ殿下は、昔からいつもどこか遠くを見ているような、冷たい印象だったのよね……)
なんとなく近寄りがたくて、王太子妃教育のために登城した際に見かけてもエレオノーラは挨拶をするだけだった。
もちろんフィリップはイケメンなので、舞踏会では多くの令嬢から話しかけられていた。
(確かハーマンと付き合い始める前のカミーユも話しかけていたのよね……)
でも、フィリップは相手が誰であっても「氷の微笑み」と人々が呼ぶ、冷たい笑顔で受け流すだけだった。
だからこそ、エレオノーラはフィリップが一体何の用があって自分なんかを呼び出したのか、全く見当がつかなかった。
「視察のことなら、わざわざ夜に時間を取る必要はないはずよね」
エレオノーラは首をかしげた。
「でも、私的な用事なんて心当たりがないし…」
マリーは少し考えたあと、思いついたように言った。
「まさかお嬢様に求婚を…?」
「まさか!マリーがいつも読んでる小説じゃないんだから!」
エレオノーラは慌てて首を振った。顔が真っ赤になってしまったのを隠すように、頬を手で覆った。
(こんなことで赤くなるなんて!前世の年齢と合わせたら、もう60歳超えているのに!なんなら、私は前世で母親だったのよ!)
エレオノーラは、前世の知識は持っているものの、自分が19歳相応の考え方や感じ方をしていることに気づいていなかった。
応接室をノックして、執事のローレンスがフィリップを案内して入ってきた。
エレオノーラは慌てて立ち上がり、丁寧にお辞儀をした。
「お疲れ様でございます、フィリップ殿下」
「ありがとう、エレオノーラ嬢」
フィリップは、これから内密な話をするという理由で護衛騎士のカーク以外の人たちに部屋を出るよう命じた。
「え?内密って…」
エレオノーラの声が上ずった。
(もう!マリーが変なこと言うから!何か政治的に内密にしなきゃいけないことなのよ、たぶん)
ローレンスが不思議そうな顔をして、マリーはにこにこしながら退室し、部屋にはエレオノーラとフィリップとカークの3人だけになる。
フィリップの動きが急にぎこちなくなった。
そんなに緊張して、一体何の話をするのかとエレオノーラが混乱していると、フィリップが深く息を吸って、震える声で話し始めた。
「あなたは、もしかして……真央の生まれ変わりではありませんか?」
え?
エレオノーラの頭が真っ白になった。青い瞳が大きく見開かれる。口をパクパクさせるだけで、言葉が全く出てこない。
(なぜフィリップ殿下が真央の名前を?)
「私の前世の名前は、和真です。……事故で亡くなってから、気が付くとフィリップとして生きていました」
フィリップの言葉がエレオノーラの胸に突き刺さった。
(和真さん!?あの、和真さんなの……?)
私は手を口に当て、小さく息を呑んだ。信じられない。
「確かに、私は真央です」
エレオノーラの声は感動と驚きで震えていた。
「なぜ私が真央だとおわかりになったのですか?」
「私も、ヴェルデン領に来るまで全く気づきませんでした。しかし、あの食事を口にして、そして保育施設や領民のトレーニングの様子を見て、もしかしたら、と思ったのです」
そう言うと、フィリップはエレオノーラを見つめ、震える手でそっと彼女の手を握った。
(え、え、ええええ!?)
エレオノーラの心臓は爆発しそうになった。前世の夫、和真に対する愛情と、現世のフィリップへの憧れが頭の中でグルグル入り混じって、もうどうしていいかわからない。
混乱して涙目になったエレオノーラを見つめていたフィリップは、切なげに眉をひそめてエレオノーラを抱きしめた。フィリップの腕の中で彼の体温と香りに包まれたエレオノーラは、もう胸がいっぱいで息をするのでさえ辛かった。
「また真央に会えるなんて、夢みたいだ……」
耳元でつぶやくフィリップの甘く優しい声に、エレオノーラの目から涙があふれた。
「和真さんにまた会えるなんて、私も思ってもいませんでした」
声が震えて、うまく話せない。エレオノーラの心はフィリップへの思いで苦しく締め付けられるようだった。
その後、エレオノーラたちは暖炉の前の椅子に向かい合って座り、夜明けまで話し続けた。
前世での思い出、2人の大切な息子のこと、今世での体験、そして未来への希望。エレオノーラは話せば話すほど、目の前にいるフィリップが真央の大好きだった和真なのだということが実感できた。
(でも、前世では普通の男性だったのに、今世ではこんなにイケメンの王子様になるなんて)
時々、フィリップの美しい横顔に見惚れてしまって、話が頭に入らなくなることもあった。
(集中しなきゃ!でも、本当にイケメン……まつ毛が長いし、切れ長の黒曜石みたいな瞳が本当に素敵……)
「真央?聞いてる?」
「は、はい!聞いてます!」
慌てて返事をするエレオノーラに、フィリップがクスッと笑った。
「真央は昔から、考え事をすると上の空になるよね」
その優しい笑顔は、確かに前世の和真そのものだとエレオノーラは思った。
「本当は、名乗り出るのが怖かったんだ。もしかしたら、真央は僕のこと恨んでいるんじゃないかって思って」
ぽつりとフィリップが言った。
「恨んでるなんて!……全くそんなことが無いと言ったら嘘になるけど、でも、私も、もっと和真さんの体調を気遣って、強引にでも休ませていればよかったと思ってずっと後悔していたんです。まさか、生まれ変わっても会えるなんて思っていなかったから、本当にうれしいです」
エレオノーラは青い瞳をうるませてフィリップに向かって微笑んだ。
暖炉の火がパチパチと音を立てて、部屋を温かく照らしていた。外は秋の冷たい風が吹いているけれど、この部屋だけは春のように暖かかった。
部屋の隅で無表情を保っていたカークは、二人の幸せそうな声を聞きながらほんの少しだけ口角を上げていた。その小さな変化に、エレオノーラとフィリップは気づかず、お互いが目の前にいる幸せをかみしめていた。
中身が元ダンナで、外見がイケメン王子。
次回は、二人の前世での結婚生活の様子をお送りします。




