35.もしかして……?
フィリップ目線の話です。
ヴェルデン領への視察も、いよいよ終盤だった。
最近目覚ましく発展して、王都はもちろん国中で噂になっているヴェルデン領。その改革は今までの常識からあまりにもかけ離れていた。私はその裏に何かあるのではないかと思った。そして、この改革が領地の枠を越えて王国全体に影響を与える可能性を感じ、自分の目で確かめるために視察することを決めた。
ヴェルデン領の中心地へ足を踏み入れると、そこには活気あふれる街並みが広がっていた。きれいに整った街並み、笑顔で働く領民たち。道路はきちんと整備され、観光客らしき人々の姿も多い。
「すごいな……予想を上回る発展ぶりだ」
たまに不思議な動きをする領民が目に入る。どこかで見たことのある動きだと思ったが、深く考えずに城を目指した。
城に到着してから領主代行のレイモンドに紹介されたのは、視察の案内をしてくれる彼の妹エレオノーラだった。話を聞くと、領地改革の中心人物は彼女らしい。
(でも、確か……)
彼女は、ハーマンの元婚約者だったはずだ。目の前にいるのが、デブで愚鈍で癇癪もちな残念令嬢という理由で婚約破棄された、あの女性?
私は瞬きをして彼女をもう一度見た。身長は私よりちょっと低いだけなので、170cm以上はあるだろう。コーラル色のドレスに包まれた体はグラマラスではあるけれど、太っているわけではない。
そして、その青い瞳から感じる明るくて優しい雰囲気に、なぜか懐かしさを覚えた。
(ハーマンの婚約者だった頃に、何回も目にしているからか?)
よく見れば、太っていた頃の面影がある。たぶん、この1年でダイエットに成功したのだろう。あの癇癪持ちだった彼女が、よくここまで頑張ったものだと感心した。
城に着いたのは昼に近かった。最初にエレオノーラ嬢が案内してくれた観光地は海に面した美しい場所で、地元で獲れた海鮮と外国産の食材を使った料理を提供するレストランが人気だという。
「こちらの昼食をお召し上がりください」
運ばれてきたのは、海鮮丼と酢の物と味噌汁だった。
私の世界がひっくり返った。前世で慣れ親しんだ味――日本の味がここにあったのだ。ただの日本の味というだけではない。
(真央の味付けに似ている……?)
食材が違うから、まったく同じというわけではない。けれど、込み上げてくる懐かしさに箸を持つ手が震える。ついつい箸が進み、気がつけば、一杯目を食べ終わってしまっていた。
おかわりをお願いする際に、いつもは冷静であることを心がけている私が、つい口を滑らせてしまった。
「この料理は、誰が考えたのですか?」
自分でもびっくりするくらい、声が上ずってしまった。
エレオノーラ嬢は少し驚いた様子を見せながらも、「私が考えて料理人に作らせました」と答えた。
動揺しすぎて「そうですか」と返すのが精一杯で、それ以上は声にならなかった。
(エレオノーラ嬢は、もしかして……?)
料理を一口食べるたびに懐かしさがこみ上げてくるのを味わいながら、私はそう確信していた。
その夜、一人になった私は前世の記憶に浸っていた。
高橋和真として生きていた時代。妻だった真央との日々。彼女の明るい笑顔、彼女の優しさ。
幼い頃から王族としての重責を背負い、常に完璧であることを求められてきた今世で、私は前世の記憶を思い出してからも心の最も深い場所に封印していた。
前世では周囲の期待や人間関係に押しつぶされそうになることが多かった。あの日だって、無理やり頼まれた仕事を引き受けなければ事故を起こさなかったかもしれない。だからこそ、誰とも深く関わらないよう努め、感情を抑えて生きてきた。周囲から「冷たい人間だ」と言われることも、仕方ないと受け入れてきた。
(あの町の人々がやっていた不思議な動き……あれは、もしかして真央がやっていた操体法だったんじゃないか!?)
あの時は結びつかなかったけれど、今考えてみるとそうとしか思えない。
真央の前世での知識をもとにして、領地改革が行われたのだ。だから、この世界の常識からはずれた発展を見せたのか。
すぐにでもエレオノーラ嬢に会って確かめたかった。けれど、こんな夜中に部屋を訪れるわけにはいかない。
(明日の夜、彼女に話を聞こう。もし、彼女が真央だとしたら、一体何を話せばいいのだろうか。息子が小さいのに先に亡くなってしまった私を、恨んでいないだろうか)
私の心は、今まで培ってきた冷静さを保つことができないほどに、激しく揺れ動いていた。
エレオノーラは、目の前のイケメンに緊張しすぎて、自分がそんなにじっくり観察されていたなんて気づいていませんでした。
次回は、エレオノーラ目線の話。フィリップとの夜の会話です。




