18.どうしてこうなったの?
カミーユの話です。
カミーユ・ラフォレットは爪を噛みそうになるのをこらえながら、窓の外をにらみつけた。
(なんでこんなにイライラするの?計画通りに進んでるのに……)
彼女の心の中では、満足感と苛立ちが複雑に入り混じっている。表面的には全てうまくいっているはずだけど、どうしても納得できない。
「はぁ……」
深いため息が、まるで心の重荷を吐き出すように漏れた。
カミーユがこの世界の正体を知ったのは、物心ついた頃だった。ここは乙女ゲーム『Crowned Destinies ~王家に咲く真実の愛~』の世界。侯爵家に居場所のない少女が、真実の愛を探す物語の舞台だった。
ゲーム内の主人公カミーユ・ラフォレット侯爵令嬢は、後妻の連れ子という設定だった。伯爵だった父が亡くなり、生活に困った、けれど見た目が美しかった母は叔父に追い立てられるようにして侯爵の後妻となった。愛のない政略結婚。侯爵家の血筋でない私には、この豪華な屋敷の中にも安らげる居場所はなかった。
物語は、家の財政難を救うための政略結婚を迫られるところから始まる。そして、候補者たちとの交流を通じて政略を超えた「真実の愛」を見つけていく……というのが大まかなストーリーラインだった。
正直なところ、そんなに面白いゲームでもなかった。ただ、必要なプレイ時間が短いわりにはキャラの顔がいいという理由で友達に勧められ、バイト終わりから次のバイトまでの短い空き時間にコツコツ進めて、なんとか全ルートをクリアした記憶がある。
攻略対象は、ハーマン、フィリップ、ヒューゴ、レイモンド、カークといったイケメンたち。この世界に転生してから、カミーユは当然のように最高の地位にある王太子ハーマンを狙った。
(だって、お金が欲しいもの。もう貧乏生活なんてうんざりよ)
前世では、学費を稼ぐためにバイトを掛け持ちする毎日だった。昼間は大学、そして講義が終わってから喫茶店に居酒屋。常にお金の心配をしながら、睡眠時間を削って勉強とアルバイトの日々。そして、深夜のバイト帰り、飲酒運転の車に轢かれてあっけない最期を迎えた。
だからこそ、この世界では絶対に勝ち組になってやると心に誓っていたのだ。
しかし、現実はゲームの設定とあまりにもかけ離れていた。
「どうしてこんなことになっているの?」
カミーユは紅茶のカップを手に取り、苛立ちを紛らわせるようにスプーンでカチャカチャとかき混ぜた。音が部屋に響く。
ゲーム内のハーマンは確かに傲慢だった。しかし、その傲慢さこそが彼の魅力だった。高身長で整った顔立ち、情熱的な赤い瞳。プレイヤーたちは皆、そんな俺様キャラの王太子に夢中になった。攻略対象の中でも一番の人気キャラだったのだ。
ところが現実のハーマンは……。
(あのだらしないお腹と二重あご。イケメンなら絵になるはずの傲慢さも、あの見た目じゃただの嫌な男でしかないじゃない)
令嬢たちは彼に憧れるどころか、陰でひそひそ笑い合い、遠巻きに見ているだけ。婚約者エレオノーラの立場を羨ましがる令嬢など一人もいない。むしろ「お似合いね」という皮肉めいた視線を向けるばかりだった。
王太子妃の座を狙うのは、主に二種類の人々だった。
一つは、一発逆転を狙う没落貴族の親たち。彼らは娘を王太子妃にすることで家の再興を図ろうとしていた。
もう一つは、ハーマンとエレオノーラが治めることになる国の将来を憂慮し、せめて自分の娘が少しでも役に立てばと考える憂国の親たち。
そんな親を持つ令嬢たちは、皆一様に嘆いていた。「なぜ私が……」と。当然、彼女たちは積極的にハーマンに近づこうとはしなかった。
そして、誰からも憧れられない王太子の恋人という立場に、カミーユが収まったのだった。
「本当に最悪……」
カミーユは自分の境遇を呪った。
もしゲーム通りイケメンのハーマンだったら、今頃は彼の隣で勝ち誇って微笑んでいたはずだ。貴族社会の頂点で、皆から羨望の眼差しを受けながら。
しかし現実は違う。彼の隣に立つ私を見て、人々は陰でこう囁いているのを知っている。
「まるで豚に真珠ね」
その言葉が、カミーユの心を深くえぐっていた。
(でも、他の攻略対象っていう選択肢も無かったのよね……)
フィリップ王子なら、原作通りの美形だった。身長180センチほどの引き締まった体に、黒曜石のように深く美しい瞳。知性的で上品な雰囲気も申し分ない。
しかし、どれだけゲームの攻略法を駆使してアプローチしても彼は振り向いてくれなかった。話しかけると表面上は礼儀正しく応じるものの、それ以上の進展は全くなかった。
「こんなクソゲーなはずじゃなかったのに」
ため息が部屋に響く。
心優しい人気キャラだったヒューゴも、ハーマンと同様ゲームとは程遠いデブなので論外。
レイモンドは噂に聞いたところによると、もはや別人だった。ゲーム内の繊細で知的な美青年はどこへやら、現実の彼は筋肉モリモリのゴリマッチョだという話だ。しかも早々に領主代理の地位につき、王都で出会う機会すら無かった。
不器用なイケメン騎士のカークは、なぜか騎士団ではなくフィリップの護衛騎士になっていた。将来的に騎士団長になるなら収入面の心配はないけれど、権力も無い第二王子の護衛騎士なんて経済的な助けにならないので選択肢に入らなかった。
そしてエレオノーラ。彼女もまた、ゲームとは全く違う人物だった。
ハーマンルートで登場するエレオノーラは、傲慢で自己中心的。兄のレイモンドからも嫌われるような、典型的な悪役令嬢だった。
ところが現実のエレオノーラは、確かに気が強く癇癪持ちではあるものの、相手を大切にする心優しい面があった。そのため、カミーユがいろいろと策を巡らせて彼女の評判を落としてみても、彼女を馬鹿にはするけれど本当の意味で嫌う人は少なかった。
(本当に邪魔だったわ)
それでも、なんとかエレオノーラを蹴落として王太子妃の座を手に入れることはできた。しかし……。
「これから、どうするべきかしら」
カミーユは紅茶のカップを置き、考え込んだ。
せっかく手に入れた王太子妃の座。このままハーマンと結婚すれば、いずれは国の頂点に立てる。地位も権力も名誉も、全て手に入る。
それなのに、その隣に立つのがあの見た目のハーマンだなんて。
(ハーマンが痩せて、ゲームのようにかっこよくなればいいのよ。でも、どうやって?)
これまでも様々な方法を試してきた。
運動をさせてみても、すぐに息が切れて続かない。「疲れた」「もう無理」と文句ばかり。
食事制限を提案すれば「うるさい」と怒られる。王太子という立場を盾に、カミーユの提案を一蹴してしまう。
せめてもの糖質制限を続けているものの、効果は微々たるもの。ほとんど変化が見られない。
「どうすればいいのよ!」
カミーユは両手で頭を抱え、部屋に響くほどの声で叫んだ。
今日も悩んでいる間に夜が更けていく。
理想と現実のギャップ。手に入れたはずの勝利が、なぜか敗北のように感じられる複雑な気持ち。
(この世界で、本当に幸せになることはできるのかしら?)
そんな疑問が、夜の静寂の中で彼女の心を支配していた。
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