17.悪役令嬢……?
次の日、エレオノーラは侍女を伴い、街へと向かった。領地に帰ることが決まったので、旅に必要な物を買い揃えるためだった。
王都の中心にある商業区は朝早くから賑わっている。華やかに飾られた店が建ち並んでいて、久しぶりの外出にエレオノーラの心は躍った。今日は買い出しとは別の特別な目的があった。昔からの親友で、一緒にトレーニングを続けてきたヒューゴとフランソワに贈り物を選ぶのだ。
いくつかの店を回って、エレオノーラはヒューゴへのプレゼントを見つけた。黒地に繊細な銀の縁取りが美しい上品なベルトだった。最近痩せて洗練された印象になった彼にきっと似合うだろう。これからもっと痩せたら、さらに似合うはずだ。
フランソワには、お揃いのドレスを贈ることに決めた。軽やかで普段着にぴったりのカジュアルなデザインだ。エレオノーラ自身には瞳と同じ青色を選び、フランソワには、はしばみ色の瞳が映える黄色を選んだ。どちらも今のサイズより少し細めに仕立ててもらうよう注文した。「次に会うまで、離れていても一緒に頑張ろうね」という気持ちを込めて。
買い物を終え、馬車へ戻ろうとした時だった。
「あら?エレオノーラ様ではないかしら?」
振り返ると、ピンクの髪を揺らしながらカミーユ侯爵令嬢が近づいてくる。。無邪気そうな笑顔を浮かべながら、彼女はエレオノーラを上から下まで品定めするように見た。
「まあ、驚いたわ。少しお痩せになったのですね!」
カミーユの声には嘲笑が込められていた。
「ご心労が祟ったのかしら?それとも、ダイエット?まさか病気ではありませんわよね?」
そして意地悪な笑みを浮かべ、わざとらしく心配そうな顔を作って見せた。
「でも心配ですわ。急激に痩せると、リバウンドして以前よりも残念な体型になってしまうのではないかしら?そうなったら本当にお気の毒ですもの」
カミーユは手を口元に当てて、まるで秘密を打ち明けるかのように続けた。
「実は、そういう方をたくさん見てきましたの。最初は『頑張ってる』なんて褒められるのですけれど、結局元通り。いえ、それ以上に悲惨な状態になって…ああ、想像するだけでも恐ろしいですわ」
カミーユが次々と浴びせてくる甘い毒を含んだ言葉に苛立ちを覚えたが、エレオノーラは深呼吸をして冷静さを取り戻した。もう、以前のように癇癪を起こしたりはしない。
「そう、心配してくださってありがとう。気をつけるわ」
短く答え、これ以上の会話を避けようとした。
しかし、カミーユは満足げな笑みを浮かべながら、独り言のようにつぶやき始めた。
「それにしても、どうしてこんなにデブが多いのかしら。悪役令嬢までデブとかって、一体なんなの?設定がおかしいわよね」
彼女は小さくくすくすと笑いながら、まるでエレオノーラが聞こえないとでも思っているかのように続けた。
「まあ、でも現実はゲームみたいにやり直せないものね。一度転落したら、退場しておしまいというわけにいかないし、リセットできるわけでもないし」
「悪役令嬢……?」
エレオノーラは思わず首を傾げた。その言葉は前世の書店で見かけた小説や漫画のタイトルを思い出させる。しかし、そういったものに興味のなかった真央は、詳しい意味を知らなかった。とにかく、冷静に対応しようと心を落ち着かせた。
「お話はこれで終わりかしら?私は戻らなくてはならないので」
エレオノーラは静かに告げ、カミーユのから離れた。
「ええ、もちろんですわ」
カミーユは相変わらずの甘い笑顔で手を振った。
「お体に気をつけて。特に、お食事の管理はしっかりと。でないと……ふふふ」
最後の含み笑いが、エレオノーラの背中にべっとりとくっつく感じがした。背後から聞こえる無邪気を装った別れの声にわずかな苛立ちを覚えながらも、それを振り払うように馬車のドアを開けた。
馬車の中で、エレオノーラは嫌な気分を忘れるように、選んだ贈り物のことを思い返した。ヒューゴもフランソワも、きっと喜んでくれるだろう。そして次に会うときには、もう少し成長した自分でいられるはずだ。静かに目を閉じ、未来の自分を思い描いた。
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