100.罪状と動機
私は後ろ手に拘束されたまま、新王ハーマンの前に引き出された。
王座の間には、多くの貴族たちが並んでいた。彼らの視線が、一斉に私に注がれる。軽蔑、嫌悪、好奇心。様々な感情が混ざった視線だ。
中には、フィリップやリカルド、エレオノーラの姿も見られた。
(忌々しいやつらめ。こいつらがいなければ、もっとうまく行ったはずなのに……)
だいたい、どうして魔法結界が作動したのかがわからない。ハーマンの魔力では足りなかったはずだ。……こいつらが何かをしたとしか考えられなかった。
目が合ったエレオノーラの青い瞳を思い切り睨みつける。
「お前たちが余計なことをしなければ!!」
その瞬間、兵士の手が乱暴に背中を押した。
体勢を崩しそうになりながらも、私はなんとか踏みとどまった。だが、ひざまずくことを強要される。
膝が冷たい石の床に触れる。
屈辱的な姿勢のまま、私はハーマンと向かい合った。
「アンドリアン・クレイヴェル」
ハーマンは静かに私の名を呼んだ。
「お前の罪状を読み上げる」
ハーマンは羊皮紙を手に取った。
「お前の罪は、大逆罪ならびに外患誘致の罪だ。特に、魔法結界の弱体化の情報をスタンダル帝国に漏らし、我が国への侵攻を手引きしたことは許しがたい」
広間がざわめいた。貴族たちが顔を見合わせている。
「また、間違った育児方法を国中に広め、国民の発達を阻害したことや、その罪を前王オーウェンになすりつけ、国民を欺いたこと。スリング禁止令を前王に出させ、国民を混乱に陥れたことは極めて悪質だ。更には、俺に対して国民の混乱を収めるためと偽って、前王を処刑させ、魔法結界を弱体化させた」
広間が静まり返った。誰もが息を呑んでいる。
ハーマンは羊皮紙を置き、私を見据えた。
苦々しい顔でそう言った後、さらに続けた。
「お前が唆した方法を使って、今度は私が国民の支持を盤石にするために、お前を処刑する」
処刑。
私は観念した。
今さら許しを請うつもりなどない。だが――。
「はっ!」
思わず笑いがこみ上げた。
広間がどよめく。
「黙れ!不敬である!」
騎士団長が鋭く一喝する。両脇の兵士が、私の頭を床に押し付けた。
ハーマンはため息をついた。
「最後だ。言わせてやれ。私も、どうして父に重用されていたアンドリアンがこんなことを企んだのかを知りたいと思っている」
兵士の力が緩み、私は顔を上げた。
「国民を欺いた? 育児方法がどうだ?」
私は顔を上げ、ハーマンを睨みつけた。
「お前たちはスタンダル帝国から嫁いできた母をどう扱った?」
ハーマンの表情がわずかに変わる。眉がひそめられた。
「……何の話だ?」
私は憎悪を込めて言葉を吐き出した。
「ダイバーレス王国の貴族どもは、母がスタンダル帝国出身というだけで心無い言葉を浴びせ続けた」
声が震える。抑えていた感情が、溢れ出してくる。
「挙句の果てに、『スタンダル人は赤ん坊のことを大事にしない冷たい人間だ』とまで言われて!母は、私を、赤ん坊の正しい育て方にのっとって育てていただけなのに!」
私は立ち上がろうとした。だが、兵士が肩を押さえつける。
「ダイバーレス王国の国民は、あんな嘘に簡単に騙された。子どもの発達について何もわかっていないのはダイバーレス王国の方じゃないか!」
視界の隅で、エレオノーラが大きく瞳を開き、口に手を当てているのが見えた。
「誰も母を守ろうとはしなかった。父も、国民も!そんな国を作った国王である、オーウェンだって同罪だ!」
私の怒声が広間に響き渡った。石造りの壁が、その音を反響させる。
フィリップが腕を組み、下を向いた。
「母がスタンダル帝国に帰らざるを得なかったのも、そして体を壊して亡くなったのも、全部ダイバーレス王国のせいだ!」
憎しみのこもった言葉をぶつける私を、ハーマンはじっと見つめていた。
そして、静かに口を開いた。
「……そんな話は、一度も聞いたことがない」
その声は、少し揺れていた。
当然だろう。
私は冷笑した。
この国の上流階級にとって、都合の悪い話は闇に葬るものだ。スタンダル帝国から嫁いできた貴族が虐められていたなど、恥ずかしくて口外できるわけがない。
「だから、私はこの国に復讐したかった」
私は静かに言った。
「母を苦しめたダイバーレス王国を壊したかった。ダイバーレス王国の育児方法に対する無知を利用して、国民全部の発達を阻害しようと考えた」
私は広間を見回した。リカルドが眉をしかめて髭を撫でている。
「少なくとも、今の若者の育ちは損なわれた。王であるハーマン、お前の育ちもな」
ハーマンの顔が、わずかに歪んだ。
「薬を使ったのか道具を使ったのか知らないが、せいぜい、少ない魔力であがくがいい。魔法結界が維持できなくなった瞬間、スタンダル帝国に攻め入られて終わるだろう」
私は笑った。
だが、ハーマンは動じなかった。
「言いたいことはそれだけか」
彼は長く息を吐いた。
「お前の個人的な恨みと、外観誘致という国家転覆の罪は別だ」
そして、兵士たちに命じる。
「アンドリアンを牢に入れろ」
兵士たちが私の腕を引き、無理やり立たせる。
「処刑の日まで、そこで過ごすがいい」
私は抵抗するつもりもなかった。
ただ、ハーマンを睨みつけた。
だが、ハーマンはもう私を見ていなかった。彼は側近に向かって言った。
「フィリップを呼べ。アンドリアンについて調べたことを報告させる」
そして、続けた。
「そして、スタンダル帝国にも使者を送り、モンタギュー伯爵家について調査を依頼する」
……ハーマンは、何をしようとしている?
私は思わず眉をひそめた。
だが、それを考える暇もなく、私は兵士たちに引きずられ、広間を後にした。
足音が石畳に響く。扉が閉まる音が、背後で聞こえた。
暗い廊下を、私は牢へと連れて行かれた。
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