小さな助手の申し出
なんか、あっという間にやってきた――第二回目のPTA会議。
夕方19時、小学校の家庭科室。
今日子は黙って資料を眺めながら、胃のあたりの重さをごまかしていた。
「今年のバザーも、去年をベースに。ただ、児童数が増えているので、食べ物の種類は少し増やしましょう」
副会長の長田真由美が、いつもの冷静な口調で会議を進めていく。
隣で補佐の堀田さつきが、「ポップコーンは今年ぜひ入れたいですね。あと焼きそばも」と嬉々として話を添える。
(聞いてないよ…どんどん増えてるし)
「では、担当を決めていきます」
会議室の空気が、わずかに引き締まる。
誰もが絶妙なタイミングで資料をめくったり、ボールペンを持ち直したりして、目を合わせないようにしている。
「案内係……北村さん。会計係は高橋さん、よろしくお願いします」
「はいっ」「わかりました」
声が弾んでいる。明らかに「仕入れじゃなくてよかった」という顔だ。
「ゲーム係は、田中さんと井上さん。輪投げとスーパーボールすくいの準備をお願いしますね」
誰もが内心、ほっとしているのが伝わる。
(みんな避けてるの、わかるよ……)
そして、唐突に名前が呼ばれた。
「町田さん、食べ物の仕入れをお願いしてもいいですか?」
思考が一瞬止まった。
(……なんで私?)
周りを見た。目を伏せた人、資料に目を落としたまま動かない人。
一人も、助け舟を出さない。
誰一人、「手伝おうか?」とも言わない。
むしろ、安堵の顔。
(あぁ、あの大変な役、あの人になったんだ……)
そんな空気が、静かに漂っていた。
(なんなんだよ……仕事してない人もいるじゃん……)
「……はい」
苦い味のする返事をして、今日子は黙った。
会議が終わると、周りは雑談もそこそこに、さっさと立ち上がって帰っていく。
誰も今日子に声をかけてこない。
まるで、自分だけがひとつ重い荷物を背負わされたような気分だった。
今日子も、書類をそそくさとカバンに詰めて、静かに立ち上がった。
できれば誰とも目を合わせたくなかった。
帰宅後。
キッチンの明かりがあたたかく灯る中、夕食のテーブルには務の作ったカレーうどんが湯気を立てていた。
「おかえり。おつかれさま」
「……なんかもう、疲れた……」
カバンをソファに投げ出して、今日子は椅子にどさっと座り込む。
「またPTA?」と務。
今日子はうどんの香りをひと口吸い込みながら、ぽつぽつと話し始めた。
「食べ物の仕入れ係だって。誰も助けてくれないし、“仕入れにならなくてよかった”みたいな顔しててさ。なんなの、ほんと……」
「……うんうん」
務は黙って、優しくうなずいてくれる。
「仕事してない人もいるのに、なんで私?って思っちゃって。黙ってただけなのに、勝手に決められて。言えなかった私も悪いんだけどさ……」
「……うん、わかるよ」
務の声は、それだけでほぐれる。
「もう……はあ。カレーうどん、うま……」
疲れた身体に、湯気が沁みていく。
と、そのとき。
「……ママ?」
廊下の方から、小さな足音とともに俊の声がした。
パジャマ姿の俊が、少し眠そうな目で顔を出す。
「まだ起きてたの?」
今日子が驚いたように声をかけると、俊は小さくうなずいた。
「お風呂から出たけど、ママの声が聞こえたから……」
とことこと寄ってきて、椅子の隣にちょこんと座る。
「ママ、疲れてるの?」
「うん、ちょっとね。学校のことで……バザーの仕入れ、任されちゃってさ」
俊はきょとんとした顔をしたあと、首をかしげながら言った。
「それ、おれも手伝おうか?」
思わず、今日子と務が顔を見合わせる。
「え?……ほんとに?」
「うん! おれ、買い物得意だし!」
俊は得意げに胸を張る。
「そっかぁ……じゃあ、ママの助手としてよろしくお願いします」
「うん、任せて!」
今日子はふっと笑った。
さっきまでのモヤモヤが、少しだけ遠くなった気がした。
こんなふうに、ちゃんと見ていてくれる人がいる――それだけで、救われる。
温かい夜の空気の中で、三人の食卓には、小さな幸せがふわりと漂っていた。
PTA会議で思いがけず食べ物の仕入れ係に任命され、落ち込んで帰宅した今日子。
誰も助けてくれなかった苦い思いを、夫・務に愚痴りながら夕食を囲む。
そんな中、まだ起きていた息子・俊が「手伝おうか?」と無邪気に申し出る。
小さな優しさに、今日子の心はふっとあたたかくなるのだった。