小さな一歩、大きな喜び
朝の一通りの業務が落ち着いた頃。
コピー機の前で今日子は、ふうっとひと息ついた。
そこへ船越さんが、コーヒー片手にやってくる。
「今日子ちゃん、昨日のPTA会議だったんでしょ?どうだった?」
「あ〜もう、聞いてくださいよ〜。全然話し合いじゃなかったんです」
今日子は苦笑いしながら、思い出すだけでどっと疲れた表情を見せる。
「最初は、みんなで話し合って決めましょうって雰囲気だったんですけど、
結局、副会長がズンズン仕切っちゃって……。去年と同じ内容を、時間かけてなぞっただけっていうか」
「それって、最初から決まってたってこと?」
船越さんが優しく眉をひそめる。
「たぶん、そうですね。話し合いの“フリ”だけされて、結論はもう決まってたんだなって……。
なんか、ただ座ってた2時間って感じで。意味あったのかなって思っちゃいました」
「わかるわ〜。私も昔そういうのあった。決まってるなら言ってくれたらいいのにね」
船越さんは同情するように頷きながら、コーヒーを一口。
「ほんとです。しかも、また再来週、次の会議があるんですよ。
きっとまた、意味のない“確認”だけで終わる気がします……」
「うんうん。そういうのって、がんばって出てもモヤモヤするよね。でも、今日子ちゃん、ちゃんと出てるだけえらいよ」
その言葉に、今日子は少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがとうございます……。船越さんに聞いてもらえて、ちょっと楽になりました」
ふっと笑うその顔に、少しだけ昨日の疲れが和らいでいた。
午後――。
住宅街の一角、やや緊張した面持ちの田中さん夫婦が、リビングに今日子を迎え入れる。
「今日はお時間ありがとうございます。ご検討いただいてる件、何かご不安なことなどあれば、何でもお話しくださいね」
今日子がにこやかにそう言うと、ご主人が口を開いた。
「……正直に言うと、まだ決めきれなくて。住宅ローンもそうですけど、将来子どもが大学に進学したらお金もかかるし。
この家を買って、本当に大丈夫なのかって思うと……怖いんです」
隣の奥さまも、そっと頷いた。
「老後も考えると、今ここでローンを組むのが本当に正解なのか、不安で……」
(うん、やっぱりここが一番のポイントだ)
今日子は内心でうなずきながら、姿勢を正した。
「ご不安になるのは当然です。家を買うって、一生の中でも大きな決断ですから。
でもだからこそ、しっかりと計画を立てておけば、“買ってよかった”と思っていただけるようになります」
ご主人が目を伏せたまま小さく頷く。
「お子さんの教育費や将来の生活資金、それも含めて無理のない返済計画を立てられるよう、
月々の支払額や、繰上げ返済のタイミングについても一緒に考えていけます。
また、最近は収入に応じて返済額を調整できるプランもあるんです。田中さんの今の収入と支出をもとに、
この家であれば“無理なく暮らせる”という計算もきちんとしています」
「……ほんとに、無理しないで大丈夫なんですか?」
「はい。ご購入後も“買ったから終わり”ではなくて、ずっとサポートさせていただきます。
不安なときは、いつでもご連絡ください。家って、買ってからが本当のスタートなので、私たちも長くお付き合いさせていただきたいと思っています」
言葉を選びながら、でもまっすぐに伝える今日子の声に、夫婦はしばらく黙ったまま顔を見合わせた。
「……じゃあ、もう一度、きちんと見直してみます。たぶん、気持ちの問題だったのかもしれませんね」
「うん。思ってたより、ちゃんと考えてくれてるんだなって伝わってきたから……私も前向きに考えたいです」
「ありがとうございます。もし“買ってよかった”と思っていただけたら、それが私のいちばんの喜びなんです」
今日子の笑顔に、ご夫婦の顔にもようやく笑みが戻る。
「じゃあ……お願いしようかな」
「はい!次回、契約のご案内をお持ちしますね」
仕事ではお客さんの不安に寄り添い、初めて契約へとつながる嬉しい手応えを得る今日子。
家に帰れば、学校で奮闘した俊と笑顔で迎え合い、あたたかな家族の時間が流れていく。