Atack the TANUKI
結局、倉庫での戦利品は野球のバット二振り、杭打ち用の木槌一つ、さすまた1本。バットは健司と稔が持ち、私はさすまた、カオルは木槌を持つとサユリを探してグランドの跡を追いかけた。跡はぐるりと校舎を回りの裏へと続いていた。校舎の裏に回ると小さな小屋のようなものがあった。物置かなにかに使われていたのだろうか。跡は間違いなくその屋まで続いていた。
私たちは物音を立てないように小屋に近づいた。
「ね、何か見える?」
ガラスが割れて窓枠だけになった窓からそっと健司が中の様子をうかがう。
「暗くてよく分からないけど、奥に居そう」
私もそっと覗いてみた。
確かに居る。
大きく真ん丸なシルエット。きっとあれは狸だ。そのシルエットがうつむき気味になってなにかしている。サユリがどこにいるのかはわからない。
「で、どうするの」とカオルが囁いた。
「あいつだけみたいだから、一気に突入して奴を僕と稔でタコ殴りにしてやる。その隙に二人でサユリさんを探して助け出す」
「おいおい、あんな化け物、俺たち二人だけでなんとかできるわけねーじゃん。か、考え直そうぜ」
また、稔が泣きを入れてきた。もううんざりだ。
「あんた、まだそんなこと言っているの? 化け物なんているわけないでしょう。あれは狸のぬいぐるみを着た変質者よ! 大の男二人で奇襲したらなんとでもなるでしょう」
「うっせぇよ。だからお前が仕切るんじゃねーって!!」
「しっ! 静かに。 あいつに気づかれたらおしまいだ。いいから稔も腹をくくれ。
いいか、1,2の3で突っ込むぞ。いいな。
1…、2……3!
うぉおーーー!!」
大声をあげながら健司は小屋に飛び込んだ。私もカオルもその後に続く。しかし、稔の奴は、戸口でつったままだった。
このクソがと横目でにらみながら、放置する。今はこんなチキンにかまっていられない。
ガゴンと鈍い音が小屋に響いた。健司の渾身のスイングが狸野郎をとらえた音だ。その音からはとても着ぐるみのような柔らかいものとは思えなかった。なら金属製の鎧のようなものを着ているのだろうか。だとするとバットではダメージを与えられないかもしれない。健司1人では手に負えないかもしれない。戸口に突っ立たままの稔のほうを向き、私は怒鳴った!
「こら、そこのチキン野郎! あんたも手を貸せ!」
しかし、稔の野郎はバットを抱いたまま、ふるふると首を横に振り、そのたまま逃げて行った。
最低だ!!
私は健司の様子を振り返る。
健司は懸命にバットで狸を殴りつけていた。殴られるたびに狸の体が揺れはしていたけど、対してダメージを与えられてはいないようだった。殴られながらも狸はじわりじわりと健司のほうへ近づいてくる。一方、健司のほうは息が上がり始めているようだった。これはまずい。どうにかしなければ、そう思っていた時だった。
「きゃあ、サユリ! サユリ!!」
カオルの悲鳴に我に返る。カオルは悲鳴を上げながら狸の足元を指さしていた。
その先を見た。
ああ、これはひどい、ひどいな
狸の足元にサユリはいた。というかサユリだったものと言うべきかもしれない。
服を引きちぎられ、ほぼ全裸。下腹部がざっくりと裂け、内臓を盛大に周囲にぶちまけて横たわっている。一目見てもう手遅れとわかる変わり果てた姿だった。
もう、彼女にしてあげれることは何もない。となればここから一刻も早く逃げるのが得策。
「健司、サユリはもうダメよ。逃げましょう」と健司に声をかけた、その横を黒い影が横切っていった。
「このぉ! よくもサユリを!!」
ガツン!!
カオルだった。ブチ切れがカオルが持っていた木槌に全体重をかけて狸に殴りかかったのだ。後先を考えていない渾身の一撃。あるいは火事場の馬鹿力ってやつなのか。狸の体がぐらりと傾いた。
「死ね!! クソ狸!!」
カオルは器用にくるくる体ごと木槌を回転させ、遠心力をかけてもう一撃を狸の頭にクリーンヒットさせた。ハンマー投げでもやってたのかしら? と思うほどの流れるような綺麗なフォームだった。
パリン
狸の頭が陶器が割れるような音を立てて砕け散った。
割れるんかい! という突っ込みと
そりゃ、そうだ。信楽焼は陶器だもんね。という妙な納得感
その相反する二つの思いが私の頭でカオスの渦を巻き起こした。ダメ、私、目が回って吐きそう。
割れた狸はゼンマイが切れた人形のようにおとなしくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ、ざまーみろ。狸が」
カオルは荒い息を吐きながら、木槌を放り出し、血まみれのサユリに縋りついた。
「サユリ、サユリ、頑張れ、助けるから、頑張れ、頑張れ」
そして、あろうことか、ぶつぶつ呟きながら、飛び散った腸を一生懸命サユリの中に戻し始める。常軌を逸した行動だった。だけど、なんとなく気持ちは分かった。カオルのこともサユリことも全然知らないけれど、きっと二人は親友だったんだなと思った。
すごくつらいものを見せられている気がした。だけど、今はこんなことをしている場合じゃない。一刻も早くこの異常なところから逃げ出すべきだ。
「カオルさん。もうサユリさんは死んでるの。今はここを出ましょう」
「いやだ、いやだ。サユリを置いていけないよ。私ここにいるもん」
気持ちはわかるけど、正直面倒くさいとも思った。それにこのまま行く、行かないなんて議論をしている場合ではない気がする。じっとしていると何が起こるか分かったものじゃない。
「分かった、じゃ、サユリさんもつれていきましょう。
健司、サユリさんの頭のほうを持って。カオルさんは足のほうを。みんなで運びましょう」
サユリの死体をみんなで運ぶことにした。車のところまで行けば、何とかなるだろう。それに警察に今回のことを言うにしても証拠があれば警察も本気になってくれると思った。
「さあ、行くよ うわ、ちょっとカオルさん!」
サユリを持ち上げ、運ぼうと健司は一歩前に踏み出たけど、カオルが動かなかったため、最初の一歩目からバランスを崩して倒れてしまった。
「ちょっとカオルさん……カオルさん? なにをしてい……るの……?」
文句を言おうとカオルのほうを向いた私は、首を傾げた。カオルは不自然に体を後方へのけ反らせてもがいていた。髪を手で押さえている、いえ、だれかに髪の毛を引っ張られているのだ。
引っ張っているのは……狸だった。
顔が割れて動かなくなったと思っていた狸の下半身がカオルの髪をひっつかみずるずると引っ張っているのだ。その力にカオルはなすすべもなく引き寄せられて。
「痛い、痛い、痛い」
バチン!
「ぎゃぁ」
胸元まで引き寄せると下半身だけの狸はカオルの顔を徳利で殴りつけた。何度も、何度もこれでもかと殴りつけた。
「が、痛い、やめで、かは。イダイ、やめぎゃあ、かは」
カオルの断末魔の悲鳴と骨の砕ける音や組織がつぶれる音が延々と、それこそ無限の時間続いたように思えた。ただ、思っただけでそれはほんの一瞬のことだった、と思う。
私と健司はあまりに凄惨なシーンを目の当たりにして腰が抜けて動けないでいた。
ぐったりして動かなくなったカオルの首を狸は自分の割れた顔の部分に押し付けてごりごりと左右に動かし始める。皮膚が裂け、だらだらと血があふれ出る。それでもお構いなしに狸はカオルの首を自分の割れた破断面でごりごりと数り続けた。
ブチン。
身の毛もよだつ音がして、カオルの首が切断された。血糊をまき散らしながらカオルの首なし胴体が床に転がった。それが合図だった。私たちは二人同時に悲鳴を上げ、無様に四つ這いで小屋から、文字通り転がるように逃げ出した。
2025/4/30 初稿