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廃村にて

「へぇ、ここからの眺めいいね。ちょっと撮っておくか」と言うと稔はごそごそと撮影機材を取り出す準備を始めた。

 そこは長い坂道のテッペンに位置していて、ちょうど満月で空も良く晴れていたので月明かりの下、村の様子がよく見えた。

 村は猫の額ほどの狭い窪地に作られているようで四方を山で囲まれていた。外への出入り口は今、私たちがいるこの坂道だけのように見えた。大半は畑か田んぼの跡地みたいで家屋と思われるものは数軒しかなかった。


「あ、タヌキ居た!」


 カオルの叫び声にみんなの視線がカオルの指さす方向に集中した。


「なんだこりゃ」


 と稔が言った。

 その気持ちはわかる。カオルが示す方向には狸は狸でも信楽焼の狸の置物が置かれていた。人の背の半分ぐらい。結構大きい。そんな狸の置物が朽ちかけたほこらの下に数えて6個鎮座していた。

 私でも、「なんだこりゃ」と言いたくなる。けれどサユリはちがった。


「ヤバいよ、この歯。すごくきばっている! タヌキって意外と歯が鋭いのね」


 いや、そこ重要?! っていうかそもそもそれ作りもんでしょう。


「なんだろね。でも。なんだかこいつら、目つき悪くない?」とカオル。

「光の関係じゃね。いい感じで気味悪いから、こいつもとってくか。カオル、なんか適当にコメントしてくれや」


 稔はマイペースに撮影を始めた。私は、カオルに言われて、改めて狸の置物たちを見た。

 半開きの口からはサユリがいうような白く鋭い歯がちらついていた。けれど、それよりも怖いのはその目だった。

 焦点が合わない、どこを見ているのかわからないような虚ろな12個の目が、それでも静かに私たちを見つめているような感覚がした。


 ぞくり、よく分からない悪寒が突然背筋を電流のように走った。


「うん? 大丈夫かい?」


 健司が私の手をやさしく握り返してきた。

 どうやら反射的に健司に寄り添い、その手を握っていたようだ。

 その囁き声で私は自分が本気で怖がっていることに気がついた。

 なにかここ、おかしい。と本能がそれを告げていた。けれど、怖がっていることを悟られるのがどこか嫌だった、私は首を横に振り、答える。


「ううん。平気よ。それよりもこれからどうするの。まさか村に入るなんていわないよね」

「え?! なに言ってるの。ここまできて村にいかないでどうすんのさ」


 稔がへらへら笑いながら反論してきた。まったくこの男はだから嫌いなんだ。


「あんな村にいって、どうするのよ!」

「あん? なんか面白いもの撮らないと意味ないでしょ。廃屋になにか怖そうなものとかないか覗いてみるんだよ」

「そそ、タヌキとろうよ。ヤバい心霊スポットにきたら、やっぱタヌキでた! ってテロップいれて。こんな置物じゃなくてさ」


 カオルが狸の置物の頭をペタペタ叩きながらケラケラと笑った。



「なんだかもっと絵になるものはないもんかねぇ」と、ビデオカメラから目を離すと稔はつまらなさそうにひとり呟いた。

 無人の廃屋を何軒も撮った結果のセリフだった。

 ま、たしかに朽ちた床や囲炉裏いろりとかをいくら撮っても面白味はないと思う。


「だねぇ、タヌキも全然出てこないし。つまんなーい」


 なんとなく白けた空気が漂ってき始めた。この機会にもうお開きにしましょうと言おうと思ったところにサユリが変なことを言い出した。


「ねぇねぇ、これみて。この辺の写真なんだけどさ、この先におっきな建物があるよ」


 サユリが見せてくれたのは航空写真だった。見ると確かにこの先の行き止まりの少し大きな建物があった。とたんに弛緩しかけていた興味が復活してしまい、とりあえずそこまで行ってみようって話になった。


「うわ。ボロい。なんだろこれ」


 歩いてすぐに目的の場所についた。

 少し大きな広場のその奥に平屋の木造建築があった。最初村役場か何かの跡かとおもったけど、広場の端っこに鉄棒があったので学校の跡だと思った。


「良い感じに朽ちているな。よっし! 入ってみようぜぇ」


 崩れた鉄の門を足で強引に押し広げると稔は遠慮なく学校の中へ入っていく。

 ぶつぶつ文句を言いながらカオルとサユリが続く。

 私は……と、いうと本当に行くの? という表情で健司を見た。

 健司は肩をすくめると私が学校へ入るように促した。


 こんなところで待っているわけにもいかないでしょう


 そんな表情だった。私はあきらめ気味のため息をつくと学校に入ろうとして、びくりと体を硬直させた。慌てて振り返り周りを見回した。その動きに健司がびっくりして聞いてきた。


「え、なに? どうしたの?」

「あ、えっと、いま何かがいたような……」


 たしかに視界の隅で何が動くものがあったように思えたのだけれど、何もなかった。今歩いてきた道と雑草が生え放題の藪が見えるだけだった。


「うーん、なにも動くものなんてないね。もしかしてタヌキなのかな?」

「さあ、ちらっと見えただけ、うんと、見えた気がしただけかもしれないけど……」


 何すごく嫌な予感がする。ここに入ってはいけない。そんな気がした。けれど。


「おーい、なにやってんだ。早く来ないとおいてくぞ」


 健司を呼ぶ稔の声がした。


「ああ、ごめん今行くよ。ちょっと真美が……」

「あー、真美さんかぁ。怖いなら、そこで待っていてもらえばいいじゃんか」


 怖い? 

 カチンときた。怖いんじゃない。本当に頭にくる言い方しかしない奴!


 頭にきた私は、見返してやりたく門の隙間を抜け校内へ入った。


「え、あれ、真美、いけるの? わ?! ちょ、ちょっとまって」


 置いてきぼりを食った健司は焦って私たちを追いかけてきた。

2025/4/30 初稿

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