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ざまぁされる悪役王子に女神は微笑んでくれるのか

作者: 鈴川桜雪

「お前の薄汚い魂胆(こんたん)は分かっているぞ、ミシェル・リンゼイ。可愛いマーガレットが全て、私に話してくれた。お前は私を傀儡(くぐつ)とさせ、我が国を乗っ取るつもりだったそうだな。今日を以て、お前との婚約を破棄する‼︎」


 この国の王子リアム・ライランスは、婚約者である公爵家の令嬢、ミシェルを人差し指で指差すと、高らかに宣言した。リアムの傍には心配そうな顔を浮かべている男爵令嬢マーガレットの姿がある。

 マーガレットは肩までのクリーム色の柔らかな髪にアクアマリンの瞳を持った、リアムが誰よりも信じている女性だ。

 この婚約破棄も彼女の為、行なったといっても過言ではない。ミシェルとの婚約破棄を果たしたあと、リアムは愛らしいマーガレットに求婚をするつもりだ。

 この場においても、ミシェルは自分に(すが)りもせず、その瞳になにも映してはいない。そのことに、リアムは自身でも気づけず、拳をきつく握りしめる。


「リアム様」


 赤く流れた血が気になったのだろう。リアムは大丈夫だとマーガレットに微笑む。

 そもそも、リアムは前からこの麗しい婚約者、ミシェルのことが気に食わなかったのだ。

 黒髪にタンザナイトのような瞳の煌めきを持ったミシェルは、リアムの国では珍しい背中まである長い黒髪と赤い唇を開けば紡がれる厳しい言動から、面と向かっていう命知らずはいなかったが、学園では〈悪役令嬢〉のようだと陰口を叩かれていた。

 マーガレットに聞けば、悪役令嬢というのは最近、市井(しせい)で流行っている物語の登場人物の悪役で、大抵は傲慢な振る舞いから断罪される運命にあるらしい。

 高貴な令嬢が物語の登場人物と同一視され、陰口を叩かれていることに、リアムは表向きは取り巻き達を(たしな)めても、自然と口元がにやけてしまっていた。

 幼いころから、王城でリアムはよく出来た王子として誰からも可愛がられてきたが、ミシェルとの婚約が結ばれた日から、自分の両親は『ミシェルを優れた子』だと口にし、『リアムも彼女を見習いなさい』と言われる日々が続いていた。

 リアムからすればどうして、ミシェルばかりが褒められるのかが分からなかった。

 自分がいかに努力をしたところで、学業も剣術もミシェルに勝つことが出来ないと気づいたリアムは、学園に入学した途端、自分の義務をミシェルに任せると、地位や顔目当てに言い寄ってくる花たちと遊ぶ日々を過ごすことが増えていく。

 なにをしても、彼女に勝てないと知ったときに努力をすることがバカらしくなったからだ。 

 リアムには自分以外の兄弟がいないし、努力をせずとも、自分が父の跡を継げることが分かっていた。

 遊び相手に『飽きた』と言って捨てたとしても、彼女たちの憎悪はミシェルに向かった為、リアムとしても自分に害がなければそれでよかった。最悪、『ミシェルは嫉妬深くて。大切なきみに害を及ぼしたくない』とでもいえば、お可哀想にと花たちはリアムを恨むことはなかったからだ。

 マーガレットは花たちの中でも、リアムが特に気に入った女性だ。


『リアム様はすごいです‼︎』

『ミシェル様はリアム様のことを分かっていないんですよ』


 リアムの取り巻きたちでさえ、能力に関してはミシェルを持ち上げる発言を遠慮がちにしていたのに、マーガレットは分かっているように自分の欲しい言葉だけを与えてくれる。

 自分の能力を発揮出来ていないだけだというマーガレットとは違い、ミシェルはリアムを見下すような視線で射抜き、リアムの行いの全てに否定してばかりいた。初めは自分の意見に対して肯定的であった生徒たちも、ミシェルが首を振っただけで意見を反する。

 今日、リアムが大勢の前で婚約破棄をしても、彼女は自分が恥をかいたとは思わないのだろう。

 ミシェルはため息を吐くと、顔を上げた。


「リアム様。この婚姻は誰の為、なんのために結ばれたのかを、ご存じですか?」

「はぁ? そんなのお前の両親がお前の頭に冠を載せたいと思っていたからだろう?」


 ミシェルはわざとらしく驚いた顔をすると、リアムの答えになんどか両手を叩く。


「あなたのお粗末な頭で考えたなかでは上出来ですわ。おじさま達はあなたを甘やかせすぎたと反省してましたの。だから、私が教育をして、成果が現れれば良し。駄目なら、私にあなたを消すようにと」

「消すだと⁉︎」

「マーガレット」

「はい。ミシェル様」


 リアムの隣にいたマーガレットは、ミシェルに呼ばれると彼女に駆け寄っていく。


「……マーガレット?」


 ミシェルは『撫でてください』と彼女のドレスを引っ張るマーガレットに苦笑を浮かべつつ、頭を撫でている。


「マーガレットは私があなたにつけた監視役でしたの。リアム様の行動は毎回、レポートを書いて貰っていましたけれど、リアム様は自分の欲しいお言葉を与えてくれる女性なら誰でもよかったんですのね」

「マーガレットは私のことを愛していると」


 マーガレットはキョトンとした顔を浮かべると、なにがおかしかったのか、笑いだす。


「リアム様のことは嫌いじゃないですよ? だって、愚かな人って、喜劇みたいで面白いじゃないですか! マーガレット様に勝てる筈がないのに、私のために断罪をするんだって言ったお顔なんて、とくにお可愛らしかったですわ!」

「マーガレット。お口にチャック」


 ミシェルが片手で両頬をつまむと、マーガレットは幸せそうな顔をして黙る。


「お分かりになりまして? リアム様?」


 結局、自分はミシェルの手のひらの上で踊っていただけだったのだろう。気力がなくなり血の気が失った表情を浮かべるリアムの頬をミシェルは撫でていく。


「困ったことに私、リアム様のお顔だけは好きなんですよね。あなたの唯一の取り柄ですもの。マーガレットが言ったとおり、私に怯えた顔を見せないよう、プルプル震えた仕草なんてうさぎさんみたいですし」


 ミシェルの爪がリアムの頬に食いこむと、彼女は自分の前で初めて、鮮やかに微笑んだ。


「マーガレット。あれを」


 マーガレットはまだ、ミシェルとの約束を守っているのか、口を開かない。


「……もう、チャックは外しても大丈夫ですわ」

「はーい! ミシェル様‼︎」


 マーガレットはリアムが見たことがある、男女の双子を連れてきた。


「……彼らは」

「ご存知でしょう? リアム様が隣国のお友達に対抗して異世界から呼び寄せた子どもたちですわ。陛下から、預かってくれと頼まれて、わが家で保護をしていましたの」


 ミシェルがいう隣国とは魔法に特化した国だ。同じ歳で王子に会うたびに、リアムはからかわれているため、彼の鼻を明かそうと隣国の魔術書を使って、留学生の生徒を巻きこみ〈聖女召喚〉をしたが、現れたのはふたりの幼い子供たちであった。

 失敗した留学生が悪いのだと、彼に子供たちを押しつけた後、存在自体を忘れていたが、最終的にミシェルが引き取ったようだ。

 双子はミシェルに懐いているのか、彼女の顔をみて、嬉しそうにする。


「リアム様。私のお母さまは隣国出身だって、ご存知ですか?」

「あ、ああ」


 リアムの父は本来、皇位継承者ではなかったが、ミシェルの父が隣国の令嬢に一目惚れをして、彼女でなければ生涯、独身でいると宣言をしたことから、公爵家を新たにたてることになった。

 ミシェルは双子のひとりに悲しげに『ごめんなさい』と呟くと心臓へと手を当てる。

 シャランとした音と共に、リアムも自分の心臓を抑えると、その場にしゃがみこんだ。


「な、なにをした! ミシェル・リンゼイ‼︎」

「この子たちのお名前は東洋の発音で分からなかったので、私が『カイ』と『ゲルダ』と名づけたのですけど」

「そんな話はき……」


 ミシェルの言葉を遮った途端に、心臓を釘で突かれたような痛みに血の気がなくなり、真っ白になったリアムは脂汗が出てくる。

 何故か、少女も苦しそうな顔だ。同じ顔をした少年は心配そうに、少女とミシェルを交互にみつめる。


「リアム様のお顔に免じて、あなたにチャンスあげることにしますわ。リアム様の隣国に追放は決定していることですが、あなたが改心したなら、皇位継承権も戻してさしあげます」

「……改心だと?」

「カイ。こちらに」


 ミシェルはカイの指に指輪を嵌める。真ん中についている宝石は透明な色をしていた。


「今後、この子はあなたの見張り役です。リアム様の行いにこの子が嫌だと感じたら、石の色が汚れ、あなたの心臓が今のように締めつけられます。つまり、この子があなたの命綱ということですわね。ゲルダにもあなたの痛みが共感するようにしたので、真面目なカイなら自分の役目をこなしてくれるでしょう」

「私が死ねば、彼女も……ということか」

「ええ。リアムが改心しなければ、この子は亡くなるでしょう」


 かわいそうと言いながらも、ミシェルはゲルダの頭を撫でるが、実際、少女がリアムのせいで亡くなったとしてもなんとも思わないのだろう。


「お前、本当に〈悪役令嬢〉のような女だな!」

「悪役令嬢?」


 なんのことか分からないようなミシェルに、マーガレットが耳うちすると彼女はおかしそうに笑った。


「リアム様。悔しかったら、どうか皆が、いえ、私があなたに王位を譲りたいと思えるような後継者になってくださいませ」


 リアムはミシェルの顔を見上げる。

 彼女を見返す為にも王位に返り咲いてみせると、リアムは自身の心臓に手を当てた。

 数多くある作品の中からお読み頂き、有難うございます。よろしければ、ブクマや評価を頂ければ、嬉しいです。

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