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第3話 とりあえず猫を5匹ほど用意いたしました

 本人不在のままの婚約式も滞りなく終わり、私は嫁ぎ先となるエルランド家タウンハウスに落ち着きました。

 初日に執事のアレンさんが言った通り、この屋敷の使用人は5人という少数精鋭です。

 伯爵夫妻から絶大な信頼を寄せられる執事のアレンさん、毎回とてもおいしい料理を出してくれるコック長のランディさん、心休まる庭園を一年中キープしている庭師長のノベックさん。

 そして、テキパキと何でもこなす2人のメイド、リリさんとマリーさん。

 それぞれが担当業務に拘らず、手が空けば互いにヘルプに走るとても良い関係の使用人たちです。


「あの……私も皆さんの仲間に入れて下さらない?」


「えっ! お嬢様が家事をなさると仰るのですか?それはいかがなものかと」


「ダメかしら」


「ご無理なさらず」


「これでも今までは一人で何でもやっていましたのよ? 足手まといにならないよう頑張りますので、ご一考いただけないかしら」


「アレンさんに聞いてください」


「そ……そうよね。ごめんなさいね? お仕事の手を止めてしまって」


「いえ、どうぞお気遣いなく」


 はぁぁぁ今日も断られてしまいました。

 私だって家事が好きで好きで堪らないというわけではないのです。

 でも、暇で死にそうなのですよ。

 自分の部屋は自分で掃除しますし、なんなら窓も毎日磨いています。

 でも午前中には終わってしまって……

 とにかく1日が長過ぎる!

 実家で暮らしていたときは、忙しすぎて気づけば夕方という毎日だったのに。

 やることが無いとお腹も空かないので、あれほどおいしいと思っていた食事も捗りません。


 そんな感じでやるせなく毎日を過ごしている私が、家を散策している振りをしてこっそり窓の桟を拭いていたら、コック長のランディさんに出会いました。


「あれ? ルシアお嬢様じゃないですか。なにをしておられるので? え? 暇だから掃除? それはまた……役に立ちたい? なるほど殊勝なお心がけだが。お手伝いですか? 厨房の? う~んまあねぇ……暇っていうのも辛いですもんねぇ。わかりました。ちょっと相談してみますよ」


 嬉しいことにランディさんが私の辛さを察して下さいました。

 あまりの嬉しさにガッツポーズを決めていたら、後ろで見ていたのでしょう。

 リリさんとマリーさんが吹き出してお腹を抱えていました。

 そんなに変なガッツポーズだったかしら?

 ちょっと拳を握って『おっしゃぁ!』って言っただけですのに。

 もしかして拳の突き出し角度が鋭すぎたかしら? それとも声が大きかった?

 まあやらかしたことは気にしても仕方がありませんわ。

 あらあら、被った猫が早くも1匹いなくなっているじゃありませんか。

 ほほほほほ。


 その日のうちに皆さんで会議をしてくださったようで、翌朝には動きやすいメイド服を準備してくださいました。


「ご希望の仕事はございますか?」


 アレンさんが優しい声で聞いてくださいます。


「お掃除でもお洗濯でも、何でもやらせていただきます」


「メイドの仕事ですね? わかりました。それではリリとマリーについてください」


「ありがとうございます。それともう1つ」


「なんでしょう?」


「食事なのですが、皆さんと一緒ではいけませんか? 1人では味気なくて。おいしいのですが、寂しいというか」


 またまた料理長のランディさんが助け舟を出してくださいます。

 見た目は強面ですが、なかなか気の利くおっさんです。


「そりゃそうでしょう。このところ食が細くなっておられるので心配していましたが。いくら頑張って腕を振るっても、1人の食事は侘しいですものね」


「そ、そうなのです! おいしいのにおいしくないというか。悲しくなるというか」


 アレンさんは悲しそうな顔をされました。


「それは坊ちゃん……ルイス様に責任がございます。せっかく婚約者が一緒に住んで下さることになったのに、相変わらず帰っていらっしゃらないし、手紙の返事も下さらない」


 使用人たちが一斉に腕を組んで頷き始めました。


「こんなに可憐で美しいご令嬢と婚約したというのに、坊ちゃんは何を考えておられるのか」


 私は慌てて言いました。


「いえ! ルイス様はきっととんでもなくお忙しいのですわ。お帰りになる時間も惜しいほどお仕事を任されているなんて、素晴らしいことですもの。私が我儘を申しました。申し訳ございません。食事は今まで通りで」


 するとリリさんが私にそっと近寄って手を握ってくれました。


「本当は使用人と一緒なんていけないことだと思いますが、お嬢様が不憫です。アレンさん、良いじゃないですか。みんなで一緒に楽しく食べましょう?」


 みんなの目がアレンさんに向くと、アレンさんは小さくひとつ咳をして苦笑いをされました。


「わかりました。それではご要望の通りにいたしましょう。でもご当主様には内緒でお願いします」


「もちろんですわ! 感謝いたします。皆さん本当にありがとう」


 意識して過剰なほど喜びを表現した私の策に、皆さん快く乗っかってくれました。


「メニューも同じにしてくださいませね?」


 今度はあれほど味方になってくださっていたランディさんが困った顔をされます。


「それはまずいんじゃね?」


「問題になりますか?」


「だってお嬢様が来られたのに、今までと同じ経費っていうのもなぁ」


「それでは皆さんの食事も少しだけグレードアップするというのは如何でしょう?」


 リリさんとマリーさんが飛び上がって賛成してくれました。

 ランディさんとアレンさんも渋々という態で頷いてくださいます。

 やっと少しだけ気が楽になりました。


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