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第14話 執事長アレンの怒り

 初めて間近で見る旦那様は、超絶美人な方でした。

 まあ、あれほど女王様に可愛がられておられるのですから、漏れ出す色気も納得です。

 いけません! 不埒なことを考えていると笑ってしまいそうです。


「「「「「「お帰りなさいませ」」」」」」


 全員でお出迎えです。

 皆さんはこの屋敷で何年も勤められていますので、アレンさんが私のことだけさらっと紹介されました。

 もちろん旦那様は『あ~そう』って感じで流されたあと、全員に向かって仰いました。


「た、ただいま。えぇっと、みんなご苦労様です」


 あら? あんなにモテモテの人生を過ごしてこられたのですから、もっと俺様なのかと思っていましたが?


「あの……この前初めて聞いたんだけど……つ……妻って?」


 アレンさんが悲しそうな顔で口を開きます。


「坊ちゃん、いえ、御結婚されたのですから旦那様ですね。立ち話で済むようなことではございませんので、応接室に参りましょう」


「うん。わかった。それとみんなも、長い間留守にしてごめんね。いろいろ大変だったでしょ? でも仕方がなかったんだ。今日全部話すから」


 旦那様はそう言うと、ペコッと頭を下げてアレンさんの後を追いました。

 カルガモの親子を思い出したのはなぜでしょう。

 全員分のお茶とお菓子をワゴンに乗せて、リリさんとマリーさんと私で運びます。

 正面にはルイス様がおひとりで座られ、テーブルを挟んで皆が取り囲むように座りました。

 旦那様がごくっと唾をのみ込む音が響くほどに聞こえます。


「えっと。つ……妻は? 自室かな?」


「奥様は消えてしまわれました」


 ガタッと音を立てて旦那様が立ち上がられました。


「いつ! なぜ知らせない! 今までだってそうだ! なぜ手紙の一つも寄こさない!」


 アレンさんも負けじと立ち上がります。

 お~! 世代を超えたイケメン対決! 見ごたえがあります。


「もう何度も何度も! 職場にお伺いもしましたし、お手紙も送りました! 奥様だけでも既に百通近くのお手紙を送っているではないですか! 返事をしないのはルイス! お前の方だ」


 あらあらアレンさん、マジ切れですわ。


「なんだと? 手紙を? 私を訪問しただと? どういうことだ」


「ご存じないのですか? 王宮の警備はどうなっているんでしょうかね」


 ジュリアンによって真相を知っているとは思えないほどの迫真の演技です。

 さすがイケオジです! 私の最推しです!


「知るか! そんなこと。本当に送っているのか? ランドルを、ランドルを呼んでくれ! 今すぐにだ!」


 あら! 私は早々に退出の危機ですか?


 マリーさんとノベックさんが急いで立ち上がりました。

 きっとマリーさんが書いてノベックさんが届けるのでしょう。


「それで、つ……妻はなぜいなくなった?」


「劇場であなたの痴態を見たからですよ」


「うっ! 見たって……真っ暗だっただろう?」


「時々スポットライトの光が照らしていましたよ? 観客からは背中でも、私たちが座っていたボックス席からは丸見えでした」


「あの日お前の隣にいたご令嬢が……つ……妻か?」


「そうですよ、奥様の弟さんがただの一度も演劇を見たことが無い奥様を不憫に思ってプレゼントされたのです。本当ならあなたが行くべきですが、あなたは帰ってこないし返事もしない」


「だからそれはもういい! ランドルが来たらわかるだろう。あの時のことが原因で姿を消したのか?」


「ここに置手紙がございます」


 旦那様は座りなおして手紙を読み始めました。

 きっとものすごく可憐で儚い美人さんをイメージしながら読み進めているはずです。

 静かな時間が流れます。

 誰も口を開きません。

 ポリッと音がした方を見ると、リリさんがクッキーを齧っていました。

 さすがです! 強心臓です! 一生ついていきたいです!


 そんなことを考えながら正面に視線を戻すと、旦那様が両手で顔を覆っていました。

 肩が少し震えています。

 泣いてる?


「これは……これは本当のことなのか?」


 アレンさんが真面目な顔で言いました。


「何が書いてあるのか私にはわかりませんが」


 イケオジは平然と噓を吐きます。

 かっこいい!

 旦那様が置手紙をアレンさんの方に滑らせました。

 アレンさんったら初見のように読んでいます。

 もしかしたら誤字脱字をチェックしているのかもしれません。


「全て本当です」


「そんな……」


 旦那様が再び顔を覆われました。

 自分で書いたとはいえ、衝撃的過ぎたでしょうか? 内容は……忘れました。


「行先はわからないのか?」


「心当たりは全て探しました。奥様には化粧料も割り当てられておりませんでしたから、お金もそれほどお持ちではないはずですから心配です」


 アレンさん、ここぞとばかり煽ります。


「化粧料を渡していないだと? 私が知らなかっただけで実家に言えば出すだろう?」


「奥様がご両親には伝えるなと。ご心配をおかけしたくないと仰って」


「なぜ!」


 旦那様は背もたれに寄りかかって天井を見つめておられます。

 私は残っているリリさんとランディさんの顔をチラッと見ました。

 リリさんは笑いを嚙み殺し、ランディさんは苦々しく旦那様を見ています。

 アレンさんは……無表情です!


「彼女の弟は? 何も知らないのか?」


「もちろんいの一番に相談しましたよ! 当たり前でしょう? そこしか頼るところは無いんだ! 弟さんは……ジュリアンさんは嘆いておられましたよ。だから早く離婚して帰って来いと言ったのにってね」


「なぜ離婚しなかったんだ? 顔も知らない私のことなんて見捨てるだろ? 普通」


「お父様の……先日亡くなったお父様に心配を掛けないためですよ。亡くなった後はあなたの親であるエルランド家ご当主を悲しませたくないという健気なお心です」


「なんということだ! 私は……私は……」


 しばらく旦那様は静かに泣いておられました。

 ジュリアンの言う通り本当は純粋で優しい方なのかもしれません。

 まあ追及の手はゆるめませんが?


 そうこうしている間に玄関の方で音がしました。

 ランドル様が到着されたのかもしれません。

 私はお茶を入れ替える振りをして退室しました。

 廊下ですれ違っても拙いので、打ち合わせ通り隣室に入ります。

 そうです。盗み聞きです。ふふふふふふふ。


「遅くなりました」


 ランドル様が大きな箱を持って入ってこられました。

 それにしても、さっきからどうして分かるのかって?

 覗き穴を作っておいたからです。

 器物破損は犯罪ですが、主犯は執事長で実行犯はコック長ですから問題なしです。


「ランドル、早速で悪いが聞きたいことがある」


 旦那様がそう言った瞬間、ランドル様はガバッと土下座をなさいました。


「申し訳ございません! 私が全て隠し持っておりました!」


 旦那様は固まってしまいました。

 苦労して空けた小さな穴ですが、なかなかいい仕事をしてくれます。


「どういうことだ?」


「私は全てを捨てる覚悟でここに来ました。女王陛下のご命令でルイス様に届くお手紙は全て私が隠していました。内容は陛下の秘書のイーリス様に報告していました」


「イーリス殿に?」


「はい、イーリス様が女王陛下にご報告なさっています。その後、返事を書くものを指定され、私が代筆するのです。内容も決められていました」


「あの女……反吐が出るな。それにしても私も舐められたものだ。君のことは心から信頼していたのだが」


「申し訳ございません……家族を……守るために」


「なんだと? お前も脅されていたのか!」


「お前もと仰いますとルイス様も?」


「そうだよ、私はあの女のことは虫唾が走るほど嫌いなんだ! でも前王が言いなりにならないとエルランド家を潰すと」


「なんということを!」


「あの女が政略結婚を受け入れる条件がそれだったのさ。だからこんな卑怯な手を使って私を我が娘に充てがったんだ! 最低だよ」


「ルイス様」


「何度も王家から婚姻の打診があった。もちろん私は拒絶した。対策として父上は私を別の誰かと結婚させようとした。私も同意した。相手は誰でもよかったんだ。だから並んだ釣書の中の一枚を適当に選んだ」


 テキトーって……なんだか納得してしまいますが……ブロークンマイハート?


「そうだったのですね」


「お前が命令に従って手紙を隠したんだろう? 内容は把握しているんじゃないのか?」


「確かにエルランド伯爵からのお手紙に、婚姻相手が決まったことや婚約式のことを知らせるものがありました。しかし無視しろとの指示があって。伯爵夫妻が職場に来られても、女王陛下の命令でお会いできないようにと。伝言も握りつぶせと」


「殺してやりたいな。婚約式はまだしも、結婚式はどうしたんだ」


 アレンが引き取った。


「時間ぎりぎりまでお待ちになっていましたが、諦めてお一人で誓いの言葉を。肩を震わせて涙を流しておられましたよ。それはもう不憫なお姿で」


 ええ、確かに賭けに勝った喜びで、大笑いして涙を流しましたけれども?


「そんな屈辱を……私は巻き込まれただけの女性にそんな屈辱を与えてしまったのか?」


 この結婚は貰い事故だったのですね……納得です。

 私はこっそりポケットに忍ばせていたマフィンを黙って齧りました。

 おいしいです。



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