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ルサルカ~夢幻の城~  作者: 黒崎蓮&柊夕徒
Route Jade
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エピローグRoute Jade:雨のち晴れの日

 普段と変わらない一日が終わる。学校に行って、授業を受けて、友達と談笑して、帰宅する。学生のルーティンをこなし、本分を全うし、その幸せを噛みしめる。普段と何も変わらない。

 そのはずなのに、今日は何かが物足りない気がしていた。何かを忘れている。宿題を忘れたような、料理に塩が入っていないような、何かが歯に挟まってとれないような、その全部のような。

 自分は贅沢な奴だ、と少し笑みが溢れる。今を欠かさず幸せでいられる、これ以上を望まない、だからこれ以下にしないでください。誰にでも言うでもなく、誰にでも言うように。毎日、口の中でそんな飴を転がし続けている。

 そのはずなのに、今日は何かが欠けている気がしていた。誰かが欠けている。数日前の晩ごはんのメニューの内容のように、雲のように、昨日見た夢の内容のように、それは形にならずただ僕の頭を埋めるだけ。

 外を見やると雨が今にも溢れてきそうな空が広がっている。

 考えながら、下駄箱から靴を出し、履いて校門に向かう。

 もう少しで思い出せそうな気もする。もうずっと思い出せない気もする。

 あともう少しだけ、堪えきれなくなった雲が雨を降らす。少しずつ強さを増す。

 あともう少しだけ、このまま。


「せーんぱい。考え事ですか?」


 僕の世界の天気が、晴れに変わる。


「……ああ、今終わった所だ」


「傘もささずに雨が降る中、何を考えていたんです?」

「……何だっけな。そう、昨日の夢の話についてかな、多分」

「夢、ですか。そういうのって思い出そうと思っても中々思い出せないですよね」

「曖昧だけど少しだけ覚えてはいるんだ…雨が降っていたんだ。夢の世界では」

「今日みたいにですか?」

「うん……それも凄い雨で、僕は傘を持って立ってる。その傘は少しボロくて、しかも狭い。僕が濡れないでいるのがせいぜいだ。そこにね、別の誰かがやってくるんだ」

「ふむ」

「そいつは自分でも傘を持ってた。でも風が強いせいか、上手く傘を開けないでいたんだ」

「不器用な人なんですかねぇ」

「そうかもね。だからちょっと傘に入れてあげたんだ。そしたらそいつよっぽど嬉しかったみたいでさ」

「猫拾って懐かれた、みたいな話ですね」

「そうそう。でも僕の傘は言った通り上等なものじゃなくてさ、少ししたらうまく開かなくなっちゃったんだ」

「ありゃ」

「そいつに言ったんだ。他の人のほうが立派な傘を持っている。僕は大丈夫だからって」

「……」

「そしたらそいつは、自分が持ってた傘を開いて、僕に差しながら言ったんだ。ここがいいって。……物好きが、いたもんだよな」

「……最初開けないって言ってたじゃないですか。嘘だったんでしょうか?」

「そんなことはないよ。ただ、すごく頑張ってくれたんじゃないかな」

「なんですか、それ」


 翠谷が口元に笑みを浮かべる。


「そう言われてさ、また僕も傘を開けたんだ。そいつのお陰なんだろうな。それでやっと二人とも濡れなくなって、もう、一本の傘に身体を寄せ合わなくて良くなったんだ。めでたしめでたし」

「……なんだか、少し寂しいような気もしますね。先輩、満更でもない顔してるようでしたよ」

「そりゃあ……そいつの傍は、居心地がよかったからな」

「じゃあ、晴れても降っても一緒にいればいいんじゃないですか? お互いに濡れてしまいそうになったら、また傘をさしあえるように。いつでも手が、届くように」

「それも……いいかもな」

「あ、ほら。もう雨あがってますよ。傘、閉じますね」

「あ、ほんとだ。ありがとな」

 

 翠谷と話しているうちに、いつの間にか雨は止んでいた。

 雨が止んでも、傘を閉じても、僕らは隣で歩き続けた。

 たまたま、そういう気分だった。それだけの話だ。


「先輩、少し、聞いてほしいことがあります」

「……うん」

「ボク、雨って好きなんですよ。特に先輩と一緒に帰る時の雨は格別です。世界に二人しかいなくなったみたいで、一人分の傘に肩を寄せあって先輩を沢山感じることができるからです。でも、二人の関係が特別になった時には、雨も、傘もなくても二人がいれば二人の世界になります。それって素敵なことだと思うんです。だから、先輩」

 


「ボクと、付き合ってください」


fin.


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