優しい手
「やっほーおつかれ、翠谷ちゃん。ごめんね、急に呼び出して」
学園祭の喧騒が嘘の様に静まり、その名残もゴミ収集場で山を築いている翌日の学校。昼休みの時間に、話があるとかで珍しく藍沢先輩に呼び出された。
場所は例の姿見がある教室。少し前まで、ボクが後夜祭の為の練習に使っていた場所だ。
「おつかれ様です、いえ、別に大丈夫ですよ。どうしました?」
「うーん、何から話そうかな。まず文化祭の日からでいっか。ちらっと見かけたんだけどさ、あの日、後夜祭は結局最後まで志郎と一緒にいたよね?」
藍沢先輩の質問に、一瞬答えが詰まる。ボクらが使った教室は体育館と逆方向にある以上、わざわざ足を運ばないと見つかることはない。
見かけた、などと言っているが、おそらくペアの相手に天野先輩を探しに行っていたのだろう。そこで、ボクと一緒にいるのを見られた、と。見られていながら声は掛けられなかったのか。
結果として、文化祭のほぼ一日中天野先輩を独占したのは、藍沢先輩には気まずかったのだが、ここで下手にごまかしても意味がなさそうだ。
「……ええ、そうです。きっと、天野先輩を探してましたよね。連絡のひとつも入れずにすみませんでした」
どうしてもあの時だけは、二人の時間が欲しかった。
今回の呼び出しで思い当たる節といったら、まず心当たりはこの事だ。潔く怒られよう。
「ああ、いいよいいよ。そうじゃなくてさ。朝にね、志郎と話しても頑なに教えてくれなかったからさ。その癖、なんかニヤニヤしてたから気になっちゃってね。やっぱりか」
「そう、なんですか」
文句の一つでも出てくるかと思ったら、そうではなかった。
その時の天野先輩がきっと思い出しているだろう事、昨日の事を自分も思い出してしまう。
「そう、そんな顔してた」
藍沢先輩がぴっとボクの顔を指差し、そんな顔、という。
確信を得たように、藍沢先輩がこちらの顔を覗き込みながら言う。
「ねぇ、もしかして、文化祭の時から付き合ってる?」
「……はい」
さっきの数倍の気まずさを感じながら首を縦に振る。
「あーやっぱりか。おめでとう、だね」
それに対して藍沢先輩は目を閉じ、さっきまでより、少しゆっくり目に祝福の言葉を述べた。
「よくあの志郎を落とせたね。何かあったの?」
「ええと……告白してもらったんです、先輩から」
「……そっか、志郎が選んだんだ」
そう聞いたきり、藍沢先輩はそれを噛みしめるように黙ってしまう。
今になって聞くべきではないのかもしれない。でも、今聞いておかなければならないと、腹をくくって藍沢先輩に聞く。
「……やっぱり藍沢先輩って、天野先輩の事がずっと」
「好きだよ。といっても、それを自覚したのも君のおかげだったんだよ。翠谷ちゃん」
「ボクのおかげ?」
「翠谷ちゃんが中学校の時に志郎に告白した日あったじゃん? あの日にさ、あ、とられるの嫌だな、私と一緒にいて欲しいなって思ったんだよ。変な話だよね。別に付き合っているわけでもないただの幼馴染を、自分のものみたいに勝手に思ってるってさ。傍にいるのが当たり前だったんだ」
「……」
「この、独り占めしたいって感情が、特別な関係になって、好きな時に二人だけの世界が欲しいって感情が、好きって感情なんだなってはじめて気がついたんだ。でも、志郎はそうじゃなかったみたい。そう、言ってたし」
「それは……」
「君のせいなんだよ、翠谷ちゃん。君のせいで、私は失恋したんだ」
藍沢先輩の言葉が、ボクの心臓を鷲掴みにする。さっきまで目を逸らそうとしていた気まずさの、正体。
「……はい」
あれだけずっと一緒に居て、ずっと好きだった人を取られた。きっとその感情は、いくら口に出しても尽きることはないだろう。
何を言われても、ボクに言い返す権利はない。ぶつけられる感情が怖くて、目を瞑って下を向く。
少し間を置いて、藍沢先輩が続ける。
「……きっと君がいなければ、私は志郎の事が好きだって気づかなかったと思う。志郎の事を、もっと大事にしたいって思わなかったと思う」
その緊張をほぐすような、暖かさが伝わってくる。目を開けると藍沢先輩は柔らかい笑みを浮かべて。
「だからその分、大事にしてあげて欲しい。言われるまでもないと思うけどね」
少し、泣いていた。
君のせいで失恋した。
自分で未練を引きずらないように、自分に言い聞かせたようにとれる言葉。
ただの当てつけだと、少し前までならそう聞こえた。藍沢先輩のせいで、失恋していたのがボクだと思っていたから。
天野先輩から、ボクの行きたい場所にすでに藍沢先輩がいるから、先客がいるから受け入れられないと言われていると、勝手に思い込んでいた。
でもそうじゃない。同級生じゃないから、藍沢先輩がいるから、ボクが天野先輩に受け入れてもらえなかった理由は、そんなことじゃなかった。
天野先輩は、ボクからの愛情を受け取って、ボクを好きになったと言ってくれた。
きっとそれが分かっているから、この人はボクにわざわざ言ってくれたのだろう。
私の事を、引きずらなくていいから、と。今になって、そう思えるようになった。
「……あの人を、悲しませないであげてね」
「天野先輩と同じ事、言うんですね」
あの買い出しの時の天野先輩と、同じ表情で。
きっと、お互いに大切だったから、二人はこの一線を超えないように耐えていたんだ、とわかる。
今まで二人を見てきた、ボクにはわかる。
「あはは、私も翠谷ちゃんに喝を入れてもらったほうが良いかな。そうすれば、何か、
変わってたのかな」
「……どうでしょうね」
「こういう時は慰めるもんなんだよ翠谷ちゃん。そんなんだと志郎に振られちゃうよ?」
先程までは少し涙が滲んでいた表情が、からっとおどけたものに変わる。
きっと、こういう所に天野先輩も何度も救われてきたのだろう。
「なら、これから気をつけなくちゃですね。藍沢先輩に負けないように」
「大丈夫だよ。私の事は気にしなくていいから。それが一番言いたかったんだ」
どこまでも、天野先輩の事を大事に思ってる人なんだろうと、思ってしまう。
きっと同じ真似は、ボクにはできない。
最大限の敬意を表して、お辞儀をする。
「ありがとう、ございます」
「ちっちっちっ。まだお礼を言うには早いよ。ま、ダメになったらまた私が猛アタックしちゃうからね。そっちも心配しなくていいよ!」
「ますます気合いが入りますね。大丈夫ですよ、その必要はきっとありませんから!」
「言うねぇ。それでこそ我がライバルだよ」
ふっと、とても優しい表情になる。
きっと、天野先輩の事を考えている時は、こんな顔をしているのが本来の姿なんだろう、と。
「志郎のこと、お願いね」
ぎゅっと、両手で握手をしてくる。
暖かくて、柔らかくて、優しい手。
それを握り返し、応える。
「精一杯、やってみますよ」
*****
「今日、だったよな。城に向かう日って」
ルサルカ、この世界の主である白髪の少女が言っていた、城に来て欲しい日。
念のため、翠谷に確認を取る。
「ええ、言われてた日ですね」
「絵裡ー、僕たち今日ちょっと寄る所あるから、先に帰っててくれ」
「ん? わかったー。じゃ、また明日ね」
去り際に、絵裡が翠谷に何か耳打ちをしていく。それに対し、翠谷が力強くうなずく。
いつの間にか、思っていた以上に二人とも仲良くなっていたみたいだ。
「なんだ? 何か言われたのか?」
内容が気になって、バッグを肩に掛けた翠谷に聞く。
聞かれた後輩は唇に人差し指をあて、意地悪く笑った。
「内緒です」
二人で並んで、夢に入ってきた日に探検部で通った道のりを歩く。あの時は、メンバーの皆でわいわい喋りながら歩いたものだったが、今日は翠谷と二人だ。
普段はもっぱら話し役、盛り上げ役を行う翠谷だが、今日は借りてきた猫のように静かに歩いていた。
もはやどこか具合が悪いんじゃないかと、翠谷のほうを見る。
「大丈夫か? どこか具合悪かったりしないか?」
「え? いやいやいやぜんぜんぜん絶好調ですよ?」
「挙動不審すぎるだろ。なんだ? こういう暗い場所は苦手なのか?」
城のある湖の手前、迷いの森ではあまり光が差し込まない。時間帯にしては暗い道は、黙っていると余計ムードが出て正直、僕も少し怖い。
「というかですね…城のほうから漂ってくるんですよ、嫌な感じが。前来た時もそれが怖くて」
そう話す翠谷の身体は、よく見ると震えていた。
「じゃあ逃げられないように捕まえておかなきゃな。前に絵裡に逃げられたし」
少し照れくさくて、余計な一言を言いながら翠谷の手を握る。
「え、先輩、絵裡先輩に何か嫌われるようなことでもしたんですか?」
「いや、前にお前のとこのお化け屋敷で、怖すぎて逃げられたんだよ。あるお化け役の名演技でな」
「絶対それボクのやつですよね。意地悪ですねぇ、まだ言いますか」
「用事思いついた! とかいってな、すごい速さで逃げられたよ。なんかそういう妖怪いなかったっけ?」
「ああ、前読んだ本にそんな話があったような気がしますね。車と同じ速さで走るとかってやつ」
「案外、ああいう人間離れした身体能力を持つやつが元ネタになってる妖怪なんかもいるかもな」
「かもしれませんねぇ。あ、先輩」
握っている手に、少し力が込められる。
「はなさないでくださいね」
「この話を絵裡に?」
「いえ、手を、ですよ。わかってて言ってますよね」
「まあね」
「今日はやけに意地が悪いですね」
「さっき内緒話された仕返しだよ」
「おあいこ、ですね」
迷いの森を抜けた先の湖に来て欲しい。そう言われていた僕らが目にしたのはやはり、いつぞや探検部でお邪魔したあの、臙脂色の三角屋根が特徴の城。門も、あの時のように口を開け、僕らを待っているかのようだった。
横を向くと、美郷と目が合う。
「どなたもどうかお入りください、って感じですよね」
「僕らは犬も連れてないし、最終的には胃の中におとなしく収められちまいそうだな」
「先輩はムニエルとフライ、どっちが好きですか?」
「よりにもよって、このタイミングで聞く質問かよ……食べるほうなら、フライだな」
「食べられるほうならどんな風がいいです?」
「それが聞きたいだけだろ。あいにく僕は食べるほうが好きでね」
「じゃあボクは喜んで食卓に並びましょう。ようく下準備しておきますので」
「プレイの話だよな? 山猫軒の話じゃないよな?」
「やっぱり犬なんて連れてなくて正解ですよ。邪魔になりそうですし」
「プレイの話だよな??」
「白昼堂々あんまりそういうこと言ってると変態みたいですよ、先輩」
ひとしきり軽口を叩き会えるくらいには翠谷が元気になっているようで安心する。
一度頷き合ってから、靴を履いたまま中へと入っていく。
「やあ、きたね、二人とも。約束を守ってくれて嬉しいよ」
いつもに増して上機嫌な風で、この世界の主は僕達を迎えた。
「こんな辺鄙な所までわざわざやってきたんです。お茶くらい出ないんですか?」
「まあまあ、すぐ終わる話だしちょっと付き合ってよ。二人に聞きたいことがあってね」
「聞きたいこと?」
「どう? この世界は。楽しい? 言うまでもないよね。特に美郷ちゃんは」
言いながらルサルカは僕らの所まできて、翠谷のほうを見ながら話しはじめる。
「志郎ちゃんと同級生になって、なんだかんだ物事が都合よくいって、素敵な思い出も作れて、ついには長い間片恋だったのを付き合えて、だなんて、最高の気分だよね?」
「なんかその言い方は癪ですけど……ええ、そうですよ」
「志郎ちゃんと、離れたくないよね?」
「……何が言いたいんです?」
「現実に帰りたいのかってこと」
翠谷の返答が、一瞬止まる。
現実に帰りたいか。そう、これはあくまで夢の世界。
後輩の同級生なんて、現実には存在しない。
「……そんなあっさり帰れるものなのか?」
「帰れるよ。君たちがそう願うならね。その返答が聞きたくて今日、呼んだわけだし。そもそも君らの場合は初日に帰りそうになってたじゃん」
なんてことはない、といった風にルサルカは答える。
「私達にも生身の人間を囲っておくのは限度があるからね。そのお試し期間の区切りって事で、今日君達を呼んだってわけ」
「帰ったら、ここでのことはどうなるんです?」
美郷が食い気味に質問する。
「そうだねぇ。君らは何事もなかったように目覚め、ここでの記憶は全部せいぜい数時間くらいでさっぱり忘れちゃうだろうね。だって夢だし。そうなったら君たちの関係も勿論リセット。付き合う前の、ただの先輩と後輩に逆戻りだ」
「……でも、少しくらい覚えてれば……」
「あのね美郷ちゃん。仮に多少覚えてたとしても、だから僕達付き合おうって志郎ちゃんから言うと思う? そもそも向こうの志郎ちゃんは君の事なんか視界に入っちゃいないんだよ。私が言うまでもないけどね。その視界は絵裡ちゃんでいっぱいなんだって、誰よりもわかってるのは美郷ちゃんじゃなかったの?」
「……」
「ちょっと夢に夢中になりすぎて忘れてたんじゃない? まあ、そのほうが私としては勿論ありがたいんだけどね。向こうに君の居場所はない。ここで志郎ちゃんと一緒にいればいい。ね、志郎ちゃんはここに残るよね?」
ここで翠谷と一緒に。
ここに残れば、翠谷との楽しい日々を失わなくて済む。
そんなの、願ったり叶ったりだ。
「二人にとっても悪い話じゃないよね。そりゃそうだよ。誰がこんなオファー蹴るのさ。死ぬまでずっと幸せが約束されている世界。想い人と結ばれる世界。そこに何の不満があるって話さ。さあ、二人とも、歓迎するよ。まあ、ゆっくりしていきなって」
ルサルカが両手を広げ、僕ら二人を歓迎する。
勿論そんな世界に不満なんてない。
僕にとってはまさに夢のような日々が始まるのかもしれない。
「いや、僕は翠谷と帰りたい」
少し前までの、僕にとっては。
「せん、ぱい……?」
「ありゃ、美郷ちゃんにお熱かと思いきや、案外そんな事はない? やっぱり現実の絵裡ちゃんが恋しいのかな?」
からかうような口調のルサルカに、言葉を選びながら応えていく。
「僕は確かに絵裡だけを見ていた。またあんな事が無いようにって、あの事故以来は特にね。目が離せなかったといってもいい。失いかけた日常を、今度こそ失くすのが怖かったんだ。それでいつしか、絵裡を言い訳に、変わることを恐れるようになったんだ。それでもよかったんだ。僕は幸せだったから」
「……それでいいんじゃない? 志郎ちゃんは、ずっとそのままで」
それでよかったんだ。
翠谷に出会わなければ、それでも。
でも、あの同級生の後輩は、そんな僕を叱った。
僕に幸せになって、欲しかったから。
「そうじゃなかったんだよ、ルサルカ。これ以上失くさない事を幸せだと思うのは少し違うんだって、翠谷に、そう教わった」
「それも、十分幸せっていうんじゃないのかな」
「それだと、自分一人しか幸せにならないだろ?」
「幸せってそういうものじゃないか? 他人が評価するわけじゃあるまいし」
「僕は、僕を幸せにしてくれた翠谷と幸せになりたいんだ。そう思ったから、翠谷と一緒に居ることにしたんだ。それに、そもそも誰かと一緒にいる事に臆病な僕に、手を差し伸べてくれたのは翠谷なんだ。僕は、そんな翠谷だから一緒にいたい」
「いいの? そんな気持ちも、向こうに戻ったらどうせ忘れちゃうんだよ? だったらこっちで……」
「僕がこんな気持ちになれるって気づけただけで十分だ。それに、ここでずっと幸せになりたいんじゃなくって、幸せじゃない日があってもいい。そんな日も超えて、僕は翠谷と、もっと幸せになりたいんだ」
「……変わっちゃったね、志郎」
「そうかもしれない」
ルサルカが少し目を細め、寂しそうな顔をする。
「だから帰ろう、美郷」
美郷に向かって手を差し伸べる。
まるで、ダンスの相手でも申し込むかのように。
「美郷ちゃんは、ここにいてもいいんじゃないかな」
ルサルカは、また美郷に向き直る。
「志郎ちゃんはこう言ってるけど信頼できる? さっきも言った通り、ここでの記憶は数時間で消える。美郷ちゃんが選ばれる保証なんて、どこにもないんだよ。志郎ちゃんが帰っても代わりは用意してあげるし、ここでの記憶も後で消してあげる。そうしたら、ずっと幸せになれるんだよ」
「……ボクも、勿論帰りますよ。まぁ先輩が帰るって言ってる訳ですし、そこに愛するボクがいなかったら、寂しがっちゃいますし」
僕が差し伸べた手をとりながら、美郷が肩をすくめて言う。
「自分で言っている意味わかってるの? 自分から、こんな夢の世界を手放すだなんて」
「わかってないですねぇルサルカさん。ボクも、先輩ともっと幸せになりたいんですよ」
「何を根拠にそんな強気でいられるのか、私にはわからないよ」
「そりゃあ、きっと現実は、こう上手くはいかないでしょう。一人で泣くこともあるでしょうし、恋敵は簡単に道を譲ってはくれないでしょう」
「……そうだよ、それが現実だよ」
ルサルカが、少し俯いて呟く。そこへ美郷は、一歩進んで言う。
「ただその分、ボクが歩み寄ります。先輩に好きになってもらえるよう、もっと好きになるよう、傍にいます。そこがボクの居場所です。あの現実の世界の雨の日、傘に入れてもらったボクだけの特権です。あれこそ、夢のような時間っていうんですよ」
「私の前で、夢を語るとはね。随分幸せ者になったみたいだね、美郷ちゃん」
「ええ、自分でも不思議なくらいですよ。これが愛情と信頼ってやつなのかもしれませんね」
「盲目的すぎて、私には熱か何かに浮かれている人のうわ言みたいに聞こえるよ」
「ああ、なんか納得がいきましたよ」
ルサルカの憎まれ口が聞こえているのか怪しくなるほど、美郷がとびっきりの笑顔で言う。
「ルサルカさん、あなた、恋ってしたことありますか?」
この夢の世界の主は一度大きく息を吸い、ため息をついた。
「……言いたいことは、それだけかい?」
「はい!」
「……だな」
「そんな幸せ者達に、この世界に居場所は無いよ。こんなくだらない夢は、さっさとさますべきだ」
ルサルカがそう言った途端、地面についていた足が宙に放り出されるような感覚を覚える。
身体の自由もきかず、どこまでも、どこまでも沈んでいくような感覚。
夢の世界を離れ、現実へと覚醒していく前兆。
僕らが、現実を生きている証拠。
その中でも、美郷の手は離さない。
「全く、最悪の夢見だよ」
吐き捨てるようなルサルカの声。
その言葉を最後に、僕らの意識はぷつりと切れた。




