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世の中と未来を透視したい

人間、辞めてみる? 〜お疲れのあなたへ

作者: メイズ

 今日もサービス残業して、遅くなったいつもの帰り道。もう10時過ぎてる。



 すっげー疲れがたまってる‥‥‥はぁ‥‥‥


 この時間になって、ようやく涼やかな風を感じる。朝は駅まで行くだけで汗だくだっての。


 華やかなテナントが入るビルやショップが立ち並ぶ駅前から、早歩きで5分ほど大通りを進む。この辺りになると、1Fはテナント、上はマンションの建物に軒並み変わる。いつもの四つ角を曲がって、1回横断歩道を渡る。


 この辺りから、低層マンションと一軒家の街並みに変わって来る。その角にある、4階立ての無機質なマンション。その1Fはどこかの会社の備品の倉庫代わりに使われているようだ。


 この時間には既にシャッターを下ろしてるその前で、煌々と明かりを放ってるのは───


 あれは自動販売機だ。



 見慣れない1台の自販機が、閉じたシャッターの横っちょに設置されてる。


 ───今までこんなの無かったよな?


 興味を引かれてしげしげと眺める。ポップ出てる。


「へぇ‥‥『全国津々浦々有名ラーメン店を味わおう!』か」


 ‥‥冷凍ラーメンか。


 帰り道で一番最後に通るコンビニで弁当買って帰ろうと思ってたけど、今夜はラーメンだ。


 一食千五百円は俺にしたらスゴく高いけど、ま、いつ死んでも心残りはないように、食いたいものくらい食っておこう。遅くなった夕食に、ちょうどいい。


 俺はラーメン店にはさほど詳しくはない。行く暇もそうそうないし。販売機には、聞いたことがある店のもあれば、初めて知る店のもある。


 12種類もあるから俺はどの店のラーメンにするか迷いに迷って、ここで初めて知った、元祖嘴太(はしぶと)(まる)という店の『オオカラスープトリガラ醤油ラーメン』に決めた。



 よーし出て来い! 俺の夜ごはん。えいっ!


 俺は『オオカラスープトリガラ醤油ラーメン』のボタンを押した───



 ‥‥‥ん? うわっ、なんだッ!?!?!?


 これは目眩か、立ちくらみなのか、俺まさか、ついに貧血か? 疲れクッソ溜まってるからかも‥‥



 周りの景色がグニャリとマーブル模様に歪んだ。


 立っていたタイルの足元も溶けて歪んで、俺は奈落の底に落ちて行く!


「ぎゃーーーーー!! 助けて、どうなんの俺ぇーーーー!!」



 ***



 気がつくと、俺はラーメン店のカウンター席に座ってる。


 なになになにっ??? 周りをキョロキョロ見回す。


 何の変哲もないカウンターのみの小さなラーメン屋さんだ‥‥‥



「らっしゃい! おにーさん、オオカラスープトリガラ醤油ラーメンだね!」 


「えっ!? は、はい‥」



 どうなってんだ?


 黒くて太いタオル地のターバンを、すぐ目の上まで下ろし、黒い作務衣を着た威勢のいい若者が、一人でてきぱき店を仕切ってる。


 右隣では無心にラーメンを啜ってる作業員風のおじさん。左隣には、ちゅるちゅるお上品に食べてる会社員風のお姉さん。7席のカウンターは満席だ。



「うまかったよ。ごちそうさん!」


 隣のおじさんが箸を置いて、コップの水を飲み干した。


「‥‥食ったらサッサと行きな! この辺にゃ天敵のフクロウはいないから安心して行きな」


 なんか店の人ぶっきらぼうだな。フクロウって? 何かの隠語?



 気にする風でも無く隣のおじさんは立ち上がった。


 開けっぱなしの店の扉から、おじさんが外に出るのをなんとなく目で追った。



 バサバサバサッ‥‥


「‥‥! なっ、なっ、なっ!!」



 俺は驚愕して椅子から立ち上がった。どうしてだ? 誰も驚かない。無心にラーメン食ってて。


 俺は忙しそうにラーメンを作ってる店員に叫ぶ。


「おいッ、店員さん! 今の見なかったッ!? 今のおっさんカラスになって飛んでったんだぞ!」


 なぜだ? 誰も反応しない‥‥‥



 ───シカトかよ? 俺のこと、こいつなに言ってんのって思ってる? 



 俺は気味悪くなってるけど、もしかして俺がヤバいヤツと思われてんのかもしれないし、一人で騒ぐのも恥ずかしいような気持ちになって、一旦、椅子に座り直す。


 今の、俺の見間違い‥‥?


 胸がさわさわする。とにかく落ち着け!



「ごちそうさまー! おいしかったわぁ~」


 スープまで、たいらげて満足げな顔の隣のお姉さん。改めて見ると、俺好みのスレンダー美人だ。


「仲間が待ってるぜ? あんたなら大歓迎されるだろうけど、変なオスに引っかかんなよ」


 親指を立てて送り出す店員に、口許をきゅっと結んで小さく頷いた。


 立ち上がった彼女を目で追う。



 俺は言葉を失った。



 外に出た途端、カラスになってトコトコ歩いて夜の街角の通りへ溶けて行く彼女───


 どうなってんだよ! まさか、ここのラーメン食って外に出るとカラスになっちまうのか? それとも、カラスが人間に化けてただけなのか?


 俺もラーメン食って外に出たらカラスになっちまうのか?


 二人も続けばもう間違いはない。見間違いじゃない!


 誰も驚かないってことは、ここではこれが普通のことだってこと?


 とにかくここのラーメンを食ったらおしまいだ! 



 恐怖が押し寄せて手足にガタガタ震えが来て、膝が笑ってる。


 ヤバい、どうなってんだよッ? この店は普通じゃない!‥‥俺はどうすりゃいいんだ?


 帰ろう。とにかく家に帰るんだッ!! あの味気無い、ほぼ寝に帰るだけのワンルームの部屋が、今はたまらず恋しい。



「あの‥‥店員さん。俺、腹の具合が急に悪くなって‥‥申し訳ないけど、俺の分キャンセルして頂けますか?」


 お姉さんの食べたカラの丼を下ようと手を伸ばした店員の顔色を伺いながら、おずおずと申し出た。


「おっせー‥‥もう、兄ちゃんの分、茹でちゃってんだよな」


「‥‥いえ、返金は結構ですので‥‥」


「‥‥‥ちっ、しょうがねーなー。いいのかよ? 食えば、人間でいたことなんて忘れてしまえたのに」


「えっ?」


「あんた疲れてんだろ? 奴隷のようなその人生に」


「‥‥‥それは‥‥そうだけど、なんで? 店員さん‥‥?」


 そう、俺は毎日くたくたの派遣社員。だから昇進無関係。学歴だけの仕事出来ない正社員の仕事押し付けられて、手柄は持ってかれるだけ。ボーナス無し。なのにサービス残業。しかも次の更新はどうなることか。貯金さえままならないのに老後のための投資なんか出来るわけね~だろ? 誰がこんな世の中作った? やってられっか!



「こんなクソみたいな人生、死んでしまいたいって思ってんだろう? 実行出来ないだけで」


「‥‥‥」


「だったら、いっそ人間なんて辞めてカラスになっちまった方がよっぽど幸せに生きられるぜ?」


「ほら、お前の分。オオカラスープトリガラ醤油ラーメン」


 俺の前に、コトリとラーメンが置かれた。



 これを食えば俺はカラスに────?



 俺を誘惑するかのように揺れる美味そうなラーメンの湯気。


 見つめながら額に浮かぶこれは、暑くて? それとも冷や汗? 自分でも何だかわからないくらい煩悶してる‥‥‥


 食う? 食わない? 食う、食わない、食う、食わない、食う、食わない‥‥‥‥ああ、どうしよう‥‥‥


 俺の右手が固まって、箸を取ろうとしない。動かない‥‥いや、動かせない。



 ───ダメだ。俺には食う勇気が無い‥‥‥



「‥‥‥すみません‥‥俺‥‥‥食えないよ‥‥‥」



《もう、二度目は無いぜ? こんな絶好のチャンス逃すなんてな。変わってんな? あんた》



 ───そんな声が頭に響いて。



 気づけば、俺は涙を垂らしながら自動販売機の前に立っていた。取り出し口には、冷凍ラーメン入の袋が一つ。



 冷凍ラーメンをカバンに突っ込んでの帰り道の俺の頭ん中は、めちゃくちゃ混乱を(きた)していた。



 侘しいワンルームマンションに着くや、すぐさまお湯を沸かし、ラーメンを茹でる。



 激しい後悔に覆われていた。



 今からでも食べればもしかして!   



 ***



 チャンスは一度きりだった。



 お陰で俺は今日も、6時に起きて6時45分に仕事に出掛ける。ぎゅうぎゅう詰めの電車に乗って。明日も明後日も、明明後日も。


 切られるまで。


 

 ───ある朝、

 


 鏡を見ながらネクタイを結んでいたら、聞こえて来たTVの音。


 何気に視線をやる。



 『小さなことでも結構です。心当たりのある方はこの番号へ────』



 時計代わりにつけてたTVのニュースでは、事件に巻き込まれた可能性があるという、家族から捜索願いが出されてる若い女性の写真が───




 俺、彼女はもう帰って来ないって、知ってる。


 



 


                              《オワリ》

俺だったら迷わないけどwww


最後までお読み頂き、ありがとうございました m(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『行こか戻ろか』みたいな心理の揺れが生々しかったです(*´ω`*) 自分なら……どうするかな(*´ω`*) 猫なら迷わずラーメン食べるけど……カラスってとこが絶妙の選択ですね(*´∀`…
[良い点] 設定や筋の秀逸さもさることながら、カラスを選んだところが素晴らしい。人間以外の輪廻転生先として、熊に続いて次点の動物(猫とタイ)だと思っているので。 [一言] 挿絵が欲しいお話でした。
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