第二話 異
けたたましい警告音が船内にこだまし、伊藤は目を覚ました。赤いランプが危険を船員達に伝え、せかせかと歩き回っている人形の生命体が伊藤の目に映った。唐突にノイズがスピーカーらしきものから流れ、地球の言葉とは似て非なる言葉が聞こえてきた。だがそれを伊藤は理解することができた。
「惑星番号8853に接近中。当船の操縦は不可能に近い。引力がケイト656の二倍であると推測される。衝突に備えろ」
何度も繰り返されるうちに体に今まで感じたことのない様な異変が起き始めた。立っていられなくなるほどに誰かに押さえつけられている感覚や眩暈、体の内側から膨れる様な何かを感じ、気を失いそうになった。辺りでは気を失った生命体が何人も確認することができた。葛藤していると遠くの方から衝突音が響いてきた。それが聞こえた瞬間、伊藤は船内の壊れ粉々になった部品に体を叩きつけられ、とてつもない衝撃が体中を駆け巡った。伊藤は声を上げて飛び起きた。息は上がり、冷や汗も止まらなかった。そこは自分の部屋ではなく白く清潔な空間だった。手にはチューブが通されており、横には驚いた花澤の姿があった。「まずは一旦落ち着け」そういうと花澤は立ち上がり伊藤を寝かせた。
「先生呼んでくるから、待ってろ」少しすると白衣を着た中年の男性を連れた花澤が病室に入ってきた。そのあと幾つかの検査を行い、病室に帰ってきた。「ただの栄養失調だってな」伊藤が言うと花澤は笑顔で答えた。
「知ってる。いやー死ななくてよかったよ。丸二日寝てた気分はどうだ」
「あー、ま、どっちかと言うと嬉しいかな」
数日後 茨城県土浦市 八時三十二分
「急に呼び出しておいていないとか、最低か」腕時計に目をやった。突風が吹き、再び目を上げるとそこには伊藤が立っていた。あまりのことに驚いて、声を上げてしまった。「いつからそこにいた」「今きたところ」笑って答えた。
「で、見せたいものって何」「あぁそうだ」それから堰を切ったようにあの日のことを話した。
「だから立ててるのか。もう完全にクイックシルバーじゃん」
困惑と興奮した顔で答えた。
「でも、全然信用できない。本当に。ガチで」自分もそうだった。
「じゃあ少しだけスマホ貸して」
迷いながらも花澤は伊藤にスマホを渡して、壊さない様に忠告した。
「じゃあ一瞬待ってて」そういうと伊藤は花澤の目の前から消え、風が吹き荒れた。すると、消えたと思った伊藤が風と共に直ぐに現れた。はい、とスマホを手渡し画面を見せた。そこには富士山本宮浅間大社をバックにピースをした伊藤の写真が写っていた。あまりのことに驚き写真を凝視していると、伊藤が慌て始めた。何事かと伊藤を見ると伊藤の着ているスポーツウェアが燃えていた。急いでスポーツウェアを脱いで火元を足で踏んで鎮火させた。少しした後、燃え穴の空いたスポーツウェアを着た伊藤が花澤と缶珈琲を飲んで話し合っていた。何故能力が身についたのかや、今後どうするのかなどだ。突然目の前が霞み眩暈がしたため、持っていた缶を落としてしまった。
「大丈夫か」
「あぁ。少しクラッとしただけだから。大丈夫」
「病院に行くか。能力の事もあるし。副作用とかで、なんか、死んじゃうかもしれないじゃん」
伊藤もこの能力には副作用や代償があるのではと、薄々思っていた。
「でも毎回同じ病院に行くのは少し抵抗があるな」
「だったら大学病院とかに頼めばいいじゃん。スターラボ的なとこでさ」
花澤に促されるまま、超能力や超常現象を調べる学者の元へと車で向かった。
明治大学 九時八分
木製のテーブルを挟んで三人の男女が座っていた。そのうちの一人。三村阿未はごく普通な顔立ちで特に恵まれた才能がある訳でも無いが、子供の頃に見たオカルト特番の番組を見てからというもの、人生を超能力や超常現象、UMAに注いできた。そんな彼女にも転機が訪れた。伊藤と名乗る男が二千キロも離れた沖縄のシーサーを背後にした自撮り写真を撮って来て、今目の前で燃えながら栄養失調で倒れている。頭が追い付かず直ぐに行動できなかったが、もう一人の花澤さんが着ていた服で鎮火させ、担いで大学病院まで走って行った。その後を困惑しながら追った。
「軽い栄養失調で助かったな。今週で何回目だ」
笑いながら花澤が言うと、伊藤も笑いながら頷いた。それから三村は伊藤と花澤に何があったのかや、何故自分のところへ来たのかを何回も聞いた。
「足を骨折したら能力が発芽したと」幾ら聞いても訳がわからなかった。ただ一つわかることは、単なる嘘ではないことだ。
「何かわかることは無いですか」
「原因だったり、制御の方法だったり」と、言われましてもこちらはお手上げ状態だった。
「こちらも内密に捜査しますので、連絡先を教えてください」
花澤は三村に自身の連絡先伝え、伊藤を連れて大学を後にした。それからというもの三村は研究室や図書館で能力者や不可解な未解決事件を調べ上げていた。
土浦市内 亀城公園 十一時十八分
平日という事もあり、人陰が全く無い公園は能力の測定にうってつけだった。
「よし、先ずはどんな力が有るのか調べよう」
そう言うと花澤はバッグから速度計を取り出した。「早速走ってみて」少し離れた場所にいる伊藤に呼びかけ、花澤は速度計を構えた。気づいた時には突風が吹いて、伊藤が直ぐ横に立っていた。速度計を見ると速すぎるためかエラーを起こしていた。
土浦市内 霞ヶ浦 十一時四十五分
澄んだ青空には渡鳥が飛んでいる。その鳥の眼下には見慣れた二人の姿があった。水着姿でストレッチをする伊藤を横目に花澤は双眼鏡を覗いて向こう岸の様子を確認している。人は居ない。岩場じゃなくて砂浜がいいな。「よし、じゃぁ」先程確認した砂浜の方向を指差した。「この方向に一直線に進んで」首を鳴らして、クラウチングスタートの体勢になった伊藤を見ると、花澤はすかさずタイマーをセットしてマツダcx-8に乗り込んだ。
「十秒にセットしてあるから、鳴ったらスタートだ」「オーケイ」
エンジンを蒸して霞ヶ浦を跨ぐ橋を渡り始めた。タイマーに目をやると残り三秒になっていた。二、一。足に力を入れて腕を振り上げた。その瞬間から世界の全ての動きが遅くなり、止まったかのように思えた。足を一歩踏み出すと、大地には伊藤の靴跡がくっきりと残った。もう一歩踏み出すと、空気が固い壁のように感じたがそれも一瞬だった。八歩目で水面に足がついた。但し沈む事なく浮くことができた。また一歩と踏み出す度に水を巻き上げる。それも落ちることなく空中に止まった。伊藤は体の底に熱いものを走る度に感じていた。思わず叫んでしまった。「ヒャッホーーーイ」だがその声は伊藤の目の前で止まってしまった様に、響くことは無かった。
砂浜に着いた伊藤は自分の影響で巻き上がった砂に苦労し、手で砂を払って花澤を待った。その数分後、花澤が笑いながら車から降りてきた。
「水の上も走れるんだな。ますますおもしれー」
くる前に購入して栄養ドリンク手渡され飲み干すと、私服に着替えて車に乗り込んだ。
「誰にも見られてないよな」
心配しながら花澤に質問した。
「大丈夫。…だと思う」
自信の無い答えに少し呆れた。少し走っていると花澤のスマホが鳴った。応答ボタンを押して耳に当てた。そこから驚いた三村の声が聞こえてきた。
「今すぐこっちに来て。わかったことがあるの」
二人は目を合わせた。