第3話 初仕事は大仕事
──そして、息を切らしながら必死に走る、今に至る。
「う、わわっ、あぁーーー!!」
「きゃあああ!!」
絶叫と悲鳴。
地面の隆起に二人の体が宙に跳ねた。
ばきりがきりと、敷かれていたタイルはザクザクのラスクみたいに砕け飛び、やがて雨のように降り注ぐ。
正門へ向かう彼らはその眼と鼻の先まで走ってきたというのに、再び崩れ落ちる建物に阻まれてしまい、あと一歩が果てしなく遠い。
「う、このっ『風よ』!!」
詠唱はその一言。
ルルは下に向かって叩きつけるように風を投げると、二人の体は僅かばかりにふわりと一瞬浮き上がる。
「おっ──、ととっ。
……よし、正門は向こうよ!! ほらシャーロット」
「あ、ありがとう……」
ルルはすたりと綺麗な着地。
しかし慣れない他人の体に加え、スカートという服装も相まって、シャーロットはバランスをとれずに転んでしまう。
だか差し伸べられたルルの手につかまり、二人はまた走った。
「──な、え、正門ってあれだよね。マズいよ閉まってる!!」
「うっさい!! 開けたら閉めるもんなのよ扉ってのは!! 常識でしょう?!」
ようやく着いたかと思えば、今度は律儀に閉められた門がその道を阻む。
どんよりと暗い色に染められた門は、厚く巨大な石造りで、堅牢なる王都の出入り口。下手な力ではどんな手段で突破しようとした所で、柔枝がぺちりと当たるのと同じ。
鉄壁を前に、やがて背後から迫る竜に殺される未来がシャーロットの頭には浮かんでいた。
「とにかくいいから、どいてなさい。そして走り続けて。
門が開くのを待ってられないっていうのなら……構わずぶち破るまでよ!!」
「……は。はぁーーー?!!!」
予想とは裏切られるものだと、この瞬間シャーロットはしっかりと頭に刻みつけられた。
常識とは万人に共通する概念ではなかったらしいことを、シャーロットは思い知らされた。
「な、なんて型破りで強引な……」
「あはは、それはどーも!!
じゃあ。……いくわよっ!!」
ルルはいつの間にか手にしていた自分の背丈ほどの長さの杖を、走る勢いのままに門へと叩きつけんと、大きく振りかぶった。
杖の強度はシャーロットの知る由もないこと。けれどしなやかさにかけるぶん、乾いた木製のそれは、ポキリと簡単に折れてしまうだろう。
……ただ、柔枝などとんでもない。
最高のネクロマンサーたる彼女によって、あらゆる魔法と魔力でカチコチに強化されたルルの杖は、石などより遥かに硬い竜の鱗を、まるで飴細工を砕くように、いとも容易く破壊できる打撃武器と化していたのである。
だから──。
「はあああぁぁぁーーーー!!」
それは一転にして一点の衝撃。
ルルは走るままくるりと回転し、その勢いを余すことなく一点へと力を注ぎこんだ。
揺れる空気の振動は、ガァンという鈍い音。
王都に轟いた竜の咆哮に負けず劣らずのそれは、確かな破壊力を有していたのだ。
鉄壁など何のその。堅牢など飾りの言葉。
王都の門は、ルルにかかれば粉々だった。
「……う、うう」
「はぁ……」
そうして門を飛び出した二人は、近くの草原にその身をどさりと投げ出した。
隔たりを超え、ルルとシャーロットは肩を大きく揺らし、ぜえはあと息を切らす。
大した距離を走ったわけではなかった二人だが、それぞれまた違った理由で体力の消耗が激しい状態に。
とはいえ純粋に体力が無かったのは、インドア派のルルだけである。
「おや、お帰りルル。
……へえ。どうやら、収穫はあったようだね」
数メートル離れた先から、ルルの側のシャーロットをちらりと見ると、マキナはそう言った。
馬車のそばに佇むマキナとジーク。
門の破壊は予想通りだったのか、特に驚く風でもなく、初めの一声はマキナにしてはありきたりなもので、ジークに至ってはこちらを見ようともせず、視線は砕かれた門をじっと。
それが不思議だと、いまだ息を切らしながらルルは、それでも何か一言でも、具体的にいえば「お疲れさま」だとか、そういう労いの言葉を求めた。
「な、なんでそんなに……普通なのよ。それに遠いしっ!!
……わ、私、それなりにすごいことして……、してきたん、ですけど……」
「そうだね。でも、その前に片付けるべきことがあるんじゃないかな」
「か、ええ? 片付けるべきこと?」
「──ルル。ここに封印されている竜といえば一体しかいないが、その名前を知っているか?」
「え、あ、ああ……。あれは、そうね。
ええと確か……光竜ウレーヴェル……だったか、な──」
と、ジークの問いかけに答えたルルは、すぐさま彼の言わんとするところを理解した。
いや、理解せざるを得なかった。
先ほどのルルを上回る地の底を揺るがすほどの衝撃。
そして衝突と亀裂。鉄壁は歪曲せんばかりにその身が打ち付けられ、決壊は数秒後と予測される限界。
当たり前のことである。
”二人が通れて、竜が通れない道理は無いのだ”
「まっずいっ! シャーロット走って!!」
「な、う、わぁあ!」
そばで寝転ぶシャーロットの手をつかんで引っ張り上げ、ルルは力を振り絞って走り出す。
馬車に向かって一直線に、転びかけたシャーロットを抱えてルルは走った。
ジークは言う。
「ルル。残念だが、竜というのは恐ろしくしつこい生き物だ。特に、自らに不遜を働いたモノとあってはな。
あいつらは侵入者を必ず殺す。知性を失おうと、あるいはそれ以上失うことがないためにも、奴らは例えそこから出たって追いかけてくるぞ」
「な!? ふざ──」
そんなルルの悪態は届かず、竜の膂力は壁を破裂させた。
非難したおかげでその下敷きになることは無かったが、あと少し遅ければどうなっていたことか分からない。
そして竜。
巨大な体躯は陽の下に輝き、神々しいその姿は、畏敬の念を抱かせる高貴。
光竜は今一度、踏みしめた大地を揺るがすほどの咆哮、怒りに満ちた叫び声を遥か彼方へ響かせた。