表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/18

第3話 初仕事は大仕事

──そして、息を切らしながら必死に走る、今に至る。


「う、わわっ、あぁーーー!!」

「きゃあああ!!」

 

 絶叫と悲鳴。

 地面の隆起に二人の体が宙に跳ねた。

 ばきりがきりと、敷かれていたタイルはザクザクのラスクみたいに砕け飛び、やがて雨のように降り注ぐ。

 正門へ向かう彼らはその眼と鼻の先まで走ってきたというのに、再び崩れ落ちる建物に阻まれてしまい、あと一歩が果てしなく遠い。


「う、このっ『風よ』!!」

 

 詠唱はその一言。

 ルルは下に向かって叩きつけるように風を投げると、二人の体は僅かばかりにふわりと一瞬浮き上がる。


「おっ──、ととっ。

 ……よし、正門は向こうよ!! ほらシャーロット」

「あ、ありがとう……」


 ルルはすたりと綺麗な着地。

 しかし慣れない他人の体に加え、スカートという服装も相まって、シャーロットはバランスをとれずに転んでしまう。

 だか差し伸べられたルルの手につかまり、二人はまた走った。

 

「──な、え、正門ってあれだよね。マズいよ閉まってる!!」

「うっさい!! 開けたら閉めるもんなのよ扉ってのは!! 常識でしょう?!」


 ようやく着いたかと思えば、今度は律儀に閉められた門がその道を阻む。

 どんよりと暗い色に染められた門は、厚く巨大な石造りで、堅牢なる王都の出入り口。下手な力ではどんな手段で突破しようとした所で、柔枝がぺちりと当たるのと同じ。

 鉄壁を前に、やがて背後から迫る竜に殺される未来がシャーロットの頭には浮かんでいた。

 

「とにかくいいから、どいてなさい。そして走り続けて。

 門が開くのを待ってられないっていうのなら……構わずぶち破るまでよ!!」

「……は。はぁーーー?!!!」


 予想とは裏切られるものだと、この瞬間シャーロットはしっかりと頭に刻みつけられた。

 常識とは万人に共通する概念ではなかったらしいことを、シャーロットは思い知らされた。


「な、なんて型破りで強引な……」

「あはは、それはどーも!! 

 じゃあ。……いくわよっ!!」


 ルルはいつの間にか手にしていた自分の背丈ほどの長さの杖を、走る勢いのままに門へと叩きつけんと、大きく振りかぶった。

 杖の強度はシャーロットの知る由もないこと。けれどしなやかさにかけるぶん、乾いた木製のそれは、ポキリと簡単に折れてしまうだろう。

 

 ……ただ、柔枝などとんでもない。

 最高のネクロマンサーたる彼女によって、あらゆる魔法と魔力でカチコチに強化されたルルの杖は、石などより遥かに硬い竜の鱗を、まるで飴細工を砕くように、いとも容易く破壊できる打撃武器と化していたのである。

 だから──。


「はあああぁぁぁーーーー!!」

 

 それは一転にして一点の衝撃。

 ルルは走るままくるりと回転し、その勢いを余すことなく一点へと力を注ぎこんだ。


 揺れる空気の振動は、ガァンという鈍い音。

 王都に轟いた竜の咆哮に負けず劣らずのそれは、確かな破壊力を有していたのだ。

 鉄壁など何のその。堅牢など飾りの言葉。

 王都の門は、ルルにかかれば粉々だった。


「……う、うう」

「はぁ……」

 

 そうして門を飛び出した二人は、近くの草原にその身をどさりと投げ出した。

 隔たりを超え、ルルとシャーロットは肩を大きく揺らし、ぜえはあと息を切らす。

 大した距離を走ったわけではなかった二人だが、それぞれまた違った理由で体力の消耗が激しい状態に。

 とはいえ純粋に体力が無かったのは、インドア派のルルだけである。

 

「おや、お帰りルル。

 ……へえ。どうやら、収穫はあったようだね」


 数メートル離れた先から、ルルの側のシャーロットをちらりと見ると、マキナはそう言った。

 

 馬車のそばに佇むマキナとジーク。

 門の破壊は予想通りだったのか、特に驚く風でもなく、初めの一声はマキナにしてはありきたりなもので、ジークに至ってはこちらを見ようともせず、視線は砕かれた門をじっと。

 それが不思議だと、いまだ息を切らしながらルルは、それでも何か一言でも、具体的にいえば「お疲れさま」だとか、そういう労いの言葉を求めた。


「な、なんでそんなに……普通なのよ。それに遠いしっ!!

 ……わ、私、それなりにすごいことして……、してきたん、ですけど……」

「そうだね。でも、その前に片付けるべきことがあるんじゃないかな」

「か、ええ? 片付けるべきこと?」

「──ルル。ここに封印されている竜といえば一体しかいないが、その名前を知っているか?」

「え、あ、ああ……。あれは、そうね。

 ええと確か……光竜ウレーヴェル……だったか、な──」


 と、ジークの問いかけに答えたルルは、すぐさま彼の言わんとするところを理解した。

 

 いや、理解せざるを得なかった。

 先ほどのルルを上回る地の底を揺るがすほどの衝撃。

 そして衝突と亀裂。鉄壁は歪曲せんばかりにその身が打ち付けられ、決壊は数秒後と予測される限界。

 当たり前のことである。

 ”二人が通れて、竜が通れない道理は無いのだ”


「まっずいっ! シャーロット走って!!」

「な、う、わぁあ!」


 そばで寝転ぶシャーロットの手をつかんで引っ張り上げ、ルルは力を振り絞って走り出す。

 馬車に向かって一直線に、転びかけたシャーロットを抱えてルルは走った。

 ジークは言う。


「ルル。残念だが、竜というのは恐ろしくしつこい生き物だ。特に、自らに不遜を働いたモノとあってはな。

 あいつらは侵入者を必ず殺す。知性を失おうと、あるいはそれ以上失うことがないためにも、奴らは例えそこから出たって追いかけてくるぞ」

「な!? ふざ──」


 そんなルルの悪態は届かず、竜の膂力は壁を破裂させた。

 非難したおかげでその下敷きになることは無かったが、あと少し遅ければどうなっていたことか分からない。


 そして竜。

 巨大な体躯は陽の下に輝き、神々しいその姿は、畏敬の念を抱かせる高貴。

 光竜は今一度、踏みしめた大地を揺るがすほどの咆哮、怒りに満ちた叫び声を遥か彼方へ響かせた。

 

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ