表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/18

魔女が大地に降り立つ日 ②

 格、と私は思った。

 それは品格であり格式というもの。

 相対した私にも求められる、……つまり砕けた言い方するならば、契約者としての“ふさわしさ”だ。

 見ればもう、纏う光は跡形もなく消えている。


 破滅の魔女ニア。

 じっとこちらを見つめる姿は、代わりに渦巻く、膨大な魔力の奔流を肌に感じられる。

 圧倒的強者、底知れぬ実力者の覇気……は、しかし拍子抜けに、魔力量にしては驚くほど無い。

  

 例えるのなら、ちょこんと置かれたお人形。

 行儀よく、礼儀正しく美しく。瞳は純に染められた無垢である。あどけない少女、そう、そこにいるのは単なる少女であった。


「──いえ、……なるほど、これは罠ね」

 ルル・スカルハート瞬時の理解。

 たった今この瞬間から私は試されているのだと、直感が働いた。

 侮り油断してはいけない、それは命取りだと。

 第一声こそ今後の関係性を決める、ネクロマンサーの最初の一歩。

 ここは尊大に、威厳たっぷりに。召喚者もまたあるべき格を有した特別だということを、ただの一言で言ってやらねばならない。

 放置すればニアは、“その程度で満足する三流の魔法使い”として私の事を扱い、十全に力を発揮することはこの先決して無いだろう。


 何故なら。

 そも破滅の魔女ニアとあろうものが、状況を理解できないハズが無いのだ。

 わざとらしい、今もぽかんと口を開けたその顔。──っは。いいさ、ふざけた真似(演技)をしてくるのならば、こっちだって上下関係をはっきりさせてやるまでだ。

 

「……跪くがいい、ニア。その不遜なる態度、我が蘇生の恩を踏みにじるか? 

 自らの立場を弁えぬのなら、その体に教えるまで。

 でなければ行為でもって忠誠を示すがいい、破滅の魔女よ」


 静寂は破れる。

 ルルは努めて冷徹に、厳かに目の前の魔女へと言葉を紡いだ。

 尊大な言い回しは実の所彼女の柄ではなく、しかし毅然とした立ち振る舞いはその素質があったらしいと、ルルは心の中で笑った。マキナのような傍若無人が傍にいると、どうやら上からの物言いが自然と浮かんでくるらしい。

 

 ──す、と。魔女が動いた。

 その身を包んでいた魔力の流れは途切れ、一歩ずつ足を踏み出す。

 無遠慮に無造作に、ルルの方へと歩みを進めてきた。

 そして、──言う。

 

「……その。挨拶が先、かな。

 えーと、初めまし、て。僕は──」

 

 と。そこまで聞いて、ルルはもう駄目だった。

 頭が沸騰した。

 怒りで周りが見えなくなるというが、本当に怒りの感情に包まれると、耳も聞こえなくなるのだとルルは知った。

 ……私の事を侮っている。ただの少女だ、と。ニアは、破滅の魔女は私を見くびっている。

 この場所に訪れ、蘇生を試し、幾度となく失敗してきた過去のネクロマンサーと同列に、あるいはそれ以下の存在であると私を見下しているのだ。

 契約者の命令に従わない──即ち宣戦布告、挑戦であるのだから。

 

「……ふ、ふふ。いいわよ。そっちがその気なら、私だって有言実行するまでよ。

 自業自得。思い知りなさい。アンタを蘇らせたネクロマンサーは、今までとは格が違うってね。スカルハート家の最高を、そこらの(あくた)と一緒にされちゃ困るのよ!!」


 怒号は王都中に響き渡った。

 鳥は驚きから彼方に飛び去り、木々は恐怖に震え慄く。

 しかし。

 それは吹き抜ける風を掴もうとするのと同じこと。

 金色の髪は一陣の風に揺られるばかりで、身震いもなくただ飄々とするばかり。魔女は未だ怪訝な顔つきで、黒髪の少女を見つめるだけである。

 

 ここまで言って……なお、だ。恐れも敬いも何もない。

 破滅の魔女は世の理、与えられた者としての自覚、そのどれもを放棄して、私の前でただぼうと、──っああ。今もそうやって、魔女の姿を隠している。


「っこの……。舐めるんじゃないわよ!! いい加減に許容の限界だっての!!

 ──もう一度言うわ。『跪きなさい』」


 そう言ってルルは、この女の歪む顔を期待した。

 命令は絶対。

 誰であれ破ることのできないそのルールは、契約を承諾した本人の責任であり、破滅の魔女を縛る不可逆の枷。

 逆らうことのできない、必ず遂行すべきこと。そうすること以外を許さない命令は、確かに目の前の魔女へと、冷たい言葉で突き刺さった。


「……?」


 ──だけ。

 命令は確かに届けられた。耳に入った。

 けれどそれは実行されない。特別何かあったわけでもなく、変わらず時間は流れている。


「な、『跪きなさい!!』 『跪けって!!』」


 幾度も声を放つ。

 確かに届いているはずのその声は、魔女がほんの数歩先まで近づいてきてようやく……。

 

 ルルは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして再び、かさり、と足音が近づく。


「……ひ。な、何? 殺すの? やってみなさいよ!!」

 

 さっきまでの威勢は消え失せた。怯えたルルはすっかり迫力を失った。

 下剋上は一瞬にして。権力はきっと、私が見惚れたあの瞬間にもう失っていたのだ。

 なんて……無様か。笑ってしまう。恐怖に、その正反対の反応で口が歪んだ。

 不遜なのは自分の方。弁えていなかったのは私の方。

 スカルハートの最高は、両親の夢の結実を前に驕り高ぶり、油断した。あっけない徒労の結末に合わせる顔もない。

……そんな絶望を思ってしまった、考えてしまったルルは、もう、体に力を入れようとも思わない。

 抵抗は無駄だ、と。


「──あは、はは。これが、そう……そうなのね。格の違いって、こと……」


 ふ、と。力なく顔を上げる。

 空を見上げた少女は、その透き通った世界を羨んだ。

 死を目前にした少女は、わが身の粗末な人生を振り返り、ああ、と。

 ……こんな終わり方なら、一度くらい、自分のために生きたかったなぁ。


 そんな儚いユメを胸に抱いた。


「……あの、状況が呑み込めないんだけどさ……。えと、よかったら教えてくれるかな?」


 ぽつりと、耳に声が届く。

 予見した死の瞬間は、そんなもの始めから無かったことのように、魔女は言った。

 ルルのヒクついた頬は、思わず耳を疑った、という顔。

 1000年眠りから目覚めた王都は、しかしこの時ばかりはルルと共に、一瞬合間の時間停止状態に陥ることを免れなかった。


「いやその。なんだって僕、女の子の姿になってるんだい? しかも、破滅の魔女ニアの……顔で、さ」


 何も知らない少女と例えたその人は、実の所その通り。

 そばを流れる人工の川に、その水面に映る自分の姿に驚嘆する魔女は、まるでその状態を信じられないと言っているよう。

 ……いや。正しく、()()()()()

 だから困惑は両者平等で与えられたサプライズ。そうなるように仕向けられた、筋書き通りのアクシデント。


「え。な、じゃあ、誰……なのよアンタは……?」


「……あ。僕は、シャーロット。シャーロットという名前、だよ。

 あれから何年たったのかな。僕はこの王都で生まれた、ニアに殺された人間の一人なんだ」



 とにかくここで起きたことというのは、ボタンの掛け違いのようなもので、ありきたりな勘違いだ。

“蘇らせた破滅の魔女の中身が、シャーロットと名乗る人物であった”

 実に単純。

“人違い”ならぬ“魂違い“、ということである。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ