おまけ後編
僕は一体何をしでかしてんだろうか。今から土下座とかしたら許してくれるだろうか?いや、一体誰に土下座すればいいんだよ。いやいやいや、誰が許してくれるんだ!?
先程から、見えない妖精と会話しながら見えない誰かに怯えつつ、裕谷は居間と台所を無駄に行ったり来たりしていた。今、裕谷が望むのはどんな手法でも良いからそれを用いて気絶したかった。
まさか、この家に女の子を連れ込み、しかもその女の子が憧れの女の子で、更にその女の子がこの家のお風呂に入っているというのだから裕谷が正常でいられるわけがない。
ああ~っ、うぅ~、本気で本当にどうすりゃ良いんだよ!?どうしてこうなるかなぁ…………
今、一匹の雄が理性やら本能やら、外聞やらと戦って……………って危ない!多勢に無勢だ、このままでは僕は人間ではなくなる!よし、えーと、こんな時は…………腹筋だ!腹筋しよう!
テンパった裕谷は体を動かす事によって何とか悪い考えを潰そうと画策、腹筋を始めた。
腹筋が30回を数えたところで、突如電気が消えた。
「停電!? 雷も鳴ってるし、落ちちまったか…………………ブレーカー…………ブレーカー」
いつも生活している我が家だ。真っ暗になっても何となくで歩ける。このドアを出て、後は廊下を真っ直ぐ行ったら玄関にブレーカーがある。ブレーカーなんて一人暮らしじゃ使い過ぎる事もないから、あんまり位置に自信はないが、近付けば何と無くで分かるだろう、分かるはずだ。
だが、裕谷はドアを越える事なく躓いた。
「え?」
何かにぶつかった。
そして『それ』をそのまま押し倒した。
自分の触覚がカンジテイルノは柔らかく、紛れも無い人間の感触。
裕谷は『それ』が何か理解し、慌てて立ち上がろうとするが、立つために突っ張った腕を『それ』に掴まれて立ち上がる事に失敗した。
それでは終わらず、その腕を引っ張られた。暗闇で、しかも『それ』を押し倒してあまり触れないようにしてる裕谷にはその力に抗いようがなかった。簡単に裕谷は膝や、手を滑らせて『それ』の上に体を投げ出すような形になってしまった。
「うわ、流石に重いねぇ。男の子だ」
ちょうど耳元で言われた。
裕谷は直ぐさま、もう一度立ち上がろうとする。が、背中に腕を回されてしまった。
「ねぇ、私は、君の事、裕君の事を愛してるよ」
妙に区切って聞こえてくる言葉。
ああ、こうやって喋ったり抑揚をつけたりすると人間は無意識に聴き入ってしまうらしいが本当だ。五感で一番強い視覚をほとんど無くした状態の裕谷、その残った少しの視覚も彼女に奪われている。事実、結果、裕谷の五感のほぼ全てを彼女に掌握されていた。
触覚は言わずもがな、意識とは裏腹に彼女の体温を感じようと強くなっている。
嗅覚は、お風呂上がりの彼女の香りを無意識に取り込もうとしている。
聴覚は、彼女の声、彼女の吐息まで聞いている。
視覚は……………あれ?どうして彼女が照らされている?
光源がある。首を何とか動かす。油が全く足りない機械のように首がゆっくりと動く。
「ああ」
とりあえず声を出してみた。
懐中電灯。
それが裕谷を、裕谷達を照らしてる。
「見ちゃだめ~」
気付けば、停電で心配したからだろう宗がいた。ついでに新倉も、そしてその新倉さんが、宗の目に手を当てて見えないように…………いや、見えた。あれは減り込んでる。だから宗がギャーギャー喚いてるんだ。
ようやく感覚に自由が戻ってきた。
「見て良いんだよ」
「え?」
声がした方を振り向いたら、
世界が停止した。
一瞬の出来事が永遠になった。
死が目の前にきた時の走馬灯は、集中力が異様に異常に高まるから、と聞いた。なら裕谷の集中力は死を超えている。何よりも生きる力は強いという事か。
今まさに、唇に感じている感触が裕谷の全てだった、全てになっていた。
「おしまい、えへへ」
永遠の終止符はこれだった。
「とりあえず、服を着て欲しいかな」
また一周、いや、七周くらいしたのだろうか、逆に裕谷は冷静な言葉を出した。
「えっちだな。着てるじゃない」
「タオルだけを服とは言わない」
「服がないんだ……………えへへ、裕君も早くお風呂入りなよ、だいぶちべたいへくちゅっ!」
うわぁ、こんな可愛いくしゃみ、有史以来あったのだろうか?否、絶対ない、断言してやる。
「というわけでごめんなさい」
奈穂さんがペこりと頭を下げた。裕谷が今日会った、今パッと思い付いた彼女の特徴が胸の大きい子…………なんか最低な覚え方だったが、彼女との関係をしつこく奈穂さんに聞かれて、怪訝な表情をされながらなんとか分かって貰えた、そしてこの奈穂さんの謝罪。
はて?さっき奈穂さんに何かすんごく重要な事を言われた気がする……………ああ!
「そうだ奈穂さん!? さっきの…………さっきのアレは………?」
「アレ? なんのことかなぁ?」
奈穂さんが見た事のない悪戯っぽい笑い方をする。
やっぱ気のせいかな。僕の妄想が加速しただけかもしれないし。
そこで新倉が手をパンと叩いた。
「まぁまぁ、藤本君が奈穂を押し倒すような度胸があったって事でよしと――――」
「しねぇよ! 押し倒してるように見えたんだろうが、押し倒されたようなもんだったぞあれは!」
そうだ、僕は加害者じゃない、被害者だ。
「でも、利益は得たでしょ?」
利益。その言葉で頭の中に先ほどの奈穂さんの姿が浮かび上がる。
「参りました」
新倉の癖に、新倉なのにまともな理論できやがって。さっきから何故か知らんが宗がふて腐れてるし、なんでだろうか?
というわけで、気付けば裕谷の家に四人集まっている。奈穂さんには裕谷のパジャマを着て貰っていた。だぼだぼだがな。
「さて! 皆集まったし今夜はパーティーだぁ!」
「おー!」
騒ぐ新倉、それに乗る奈穂さん。今日のこの家は大分騒がしい事になりそうだった。
「なあ、起きてるか?」
居間のソファーの上でそう投げかけられた。宗に。ギャグっぽい。
パーティーという名の馬鹿騒ぎは深夜にまで及び、女子二人をいろんな面で心配だが、掃除がしっかり行き届いている部屋が裕谷の部屋にしかなかったため、裕谷の部屋で寝てもらっている。本当、色々心配だ。
「まだ起きてるぞ」
そして男二人は、裕谷はソファー、宗は布団を敷いて、居間で二人で寝ているわけだ。なんとか客用の布団が三組あってよかった。流石に女子に裕谷がいつも使ってる布団で寝てもらうわけにはいけない。
宗は、別に帰ってくれればよかったのだが、何故か居たがるので仕方ないから客用の布団を出してやった。
自分用の布団が余ってるのに何故裕谷がソファーに寝てるかといえばただの趣味だ。
「あの、な。俺さ、俺は」
腹立つくらいに宗の歯切れが悪い。
「なんだよ? なにか言いづらい事か?」
「俺は真中さんが好きなんだ」
え。
宗が、宗が奈穂さんを?宗が……………あの宗が………
「に、新倉はどうすんだよ!?」
裕谷はたまらず半身を起こして、宗を見下ろすようにそっちを向いた。
「あいつは、好いてくれてるのは嬉しいが、やっぱり真中さんが好きなんだ」
宗は真っ直ぐな男だ。強くて、一本通った男だ。
裕谷はどうかしていた。裕谷はその時おかしかった。親友の宗の事を奈穂さんへのこの想いより強く考えてしまった。
「そっか、お前は良い男だもんな。あんまり理解されないが、その、頑張れよ」
―――なに言ってるんだよ。僕は、僕は、奈穂さんの事を。
好きなのか?
本気で好きなのか?愛せるのか?
もし、彼女が自分を好きになっても釣り合うのか?守っていけるのか?
「…………おう」
宗が小さく答えた。それが今夜の最後の会話だったが、裕谷の頭の中はごちゃごちゃで結局寝られなかった。
頭が重い、体が重い、自分の手足を客観的に見ている気がする。
寝られなかった憂さ晴らしに朝食を全員分、少し手間をかけて作っている。インスタントに始まり、インスタントに終わる裕谷の食事が、今日は味噌汁までしっかり作っている。豆腐まで入っている始末だ。
薬味は葱、油揚げまで入れてしまったぜ。
……………やべ、味噌汁しか作ってねぇや。あら?ご飯もスイッチ入れ忘れてら。
火を止めて洗面所に行く。顔を洗う事にした。少しは目を覚まさないと、人間として、頭も体も使い物にならない。
「僕は大丈夫。僕は、なにしてんのかな?」
顔をいくら洗ってもこの頭の中に蔓延るモヤモヤまでは追い出せなかった。
台所に行くために居間を通ると珍しい、宗がまだ寝ている。いくら日曜といっても宗の起床はいつも朝六時ジャスト、それから筋トレを始めるのに、今はもう六時を十五分も回っている。
昨日の宗の言葉が頭の中で再生された。
頭を振って逃げ出すように台所に移動する。今度こそ朝御飯を作らねば、もう簡単でいいよな。
それから朝食を済ませて…………なにしたっけかな。なんにも覚えてない。
頭の中を回るのは宗と奈穂さんの事。
藤宮宗二、幼馴染みであり、兄弟にして相棒、裕谷とはいつもワンセットであり、裕谷が誰よりも素晴らしい男だと思う人物。そう、自分なんかよりも。
真中奈穂さん、裕谷がずっと憧れを秘めていた少女。ただ眺めていただけの存在が今は手が届く距離にいる。それは幸せな事だ。それだけで幸せなんだ。
何度も言い聞かせた。自分に、この思いに、恋慕ってやつに言い聞かせたんだ。
でも、駄目なんだ。
最初は憧れだった。でも近くで見て、勝手に膨らませていた彼女の像は現実の等身大に打ちのめされた。だけど全然良い気分だった。心地好くて、飛び回ってはしゃぎたいくらい嬉しかった。彼女を知れた事、憧れの女性じゃなくて自分と同じ大きさの彼女を知れた事、これがどんなに期待させたか、これから彼女と歩める道を妄想してしまったくらいだ。
だからこそ、もう一度憧れに戻すべきなんじゃないか?宗は最高に格好いい男だ。裕谷じゃ比べものにならない、なにも誇れるものがない、なんと情けない事か。だからこそ、奈穂さんは諦めるべきなんだ。
それからどれくらい経ったか、もうクリスマスは三日前、今日で学校も冬休みに入る。成績の悪い裕谷は先生から点数にプラスして、なんとか進級できるかもよ、と言われた課題を山ほど抱えて教室を出た。
靴を履きかえ、校門の前で声をかけられた。
「裕君」
声の主が分かっただけに振り返りたくなかった。
重い体を無理矢理後ろを向かせる。
見えたのは、宗と奈穂さん。それを見て裕谷の心臓が跳ねた。嫌な気持ちが体の中心から外側へ広がっていくのが分かる。
「なに?」
意識せずに少しぶっきらぼうになってしまう。ここ数日はずっとそうだ。奈穂さんと上手く話せない。話そうとすると頭に宗の顔が浮かぶ。そうすると思った言葉は出ず、自然体もとれず、荒い対応しか出来ない。
「あ、あの、さ」
奈穂さんもそんな裕谷に遠慮がちになっている。
胸が痛む。痛む胸に、これでいい、と言い訳を押し付け、それを誤魔化す。
「これから藤宮君とお出かけするんだ。さなちゃんはどうしてもお家に帰らなきゃいけないみたいでねそれ―――」
「僕も忙しいから!」
逃げた。
両手が課題で塞がってる驚く程不格好だった裕谷は逃げた。走って、走って、振り切って逃げた。
これでいい。
これでいいんだよ!
これが起因だった。この起因ってのは偶々で偶然で態とじゃないんだ。
だからクリスマスイブに裕谷の家の前で土下座している宗を許してやろうと思った。だけど、裕谷の心は裕谷が思うより何倍も狭くて小さかったらしい。
「ふざけんなよ! 分かってんのか!? ごめんなさいじゃすまねぇよ! お前……………」
土下座していた宗は身を立たせた。
「すまない。まさかアイツ等が真中さんに手を出すなんて」
そう、そうなんだ。流石に有り得ないだろ、と思うくらい古風な話だが、二日前の奈穂さんと宗のお出かけを宗がちょっと前にケンカした連中が見ていたらしい、その結果は古風にわかりやすくさらわれた。そのケンカというのも、公園にたむろしていた連中に宗が迷惑だから、と注意し、宗がそれを撃退してしまったせいからなる。
なんと安直で馬鹿馬鹿しい!
沸騰していく頭は抑えられない。そんな事で人を誘拐?犯罪じゃないか、悪いことをしたらどうなるかなんて小学生でも分かると言うに。
だが、問題はコイツの土下座の内容だ。
「だから、助け出すのを手伝ってくれ!」
「ふざけんなよ、なんでそうなるんだよ。そんなこと警察に任せるべきだ。何度も言ってるだろ、僕らガキがしゃしゃり出てったところで、どうせ良い結果なんて得られるわけないだろ!?」
焦りか、怒りか、苛立ちか、語気が自然と荒くなる。
ヒロイズムは結構だが、そんな漫画みたいに上手くいくわけない。相手は何人いるかわからないのに、こっちは二人きりだ。そして裕谷は弱い。もう目も当てられない程に弱い。頭も弱けりゃケンカも弱い、が自慢の裕谷にはどうしようもない。
「真中さんの事を知らせにきた奴らの仲間、おかしかったんだ」
「そりゃおかしいよ! 人攫いして正気でいるやつなんているかよ」
「違う! 落ち着け! おかしかったんだよ。殴っても殴ってもヘラヘラ笑って、あれは…………………」
その宗の沈黙が裕谷の脳に冷たい液体を流した。頭が冴えるとはこういうことか、妄想が空想が想像が一気に膨れ上がる。
「そ、そんな、もしそうなら尚更―――」
「警察を呼べばどうなるか分からんだろ!」
宗の強い言葉に裕谷はたじろぐ。想像してしまったんだ、奈穂さんの事を。
「だけどさ、警察の方が俺達より絶対に上手くやってくれるって」
どんどん気が小さくなり、怒りの炎は弱くなる。弱い心が裕谷の体を蛇のように締め上げる。一度覚えた恐怖。目の前に恐怖の対象なんかないのに自分の想像する恐怖に裕谷は押し潰されそうだった。
「そうかもな」
「だろ? そうだろ?」
自分が情けなかった。惨めだった。宗が賛同してくれそうなのがこんなにも嬉しいなんて、
「お前には頼まない」
宗は踵を返した。
「え?」
アイツどこへむかうんだ?奈穂さんのところか?馬鹿じゃないのか?僕は場所を聞いてないぞ?通報出来ないじゃないか!
走り出した宗を必死で追い掛けた。
「待てよ宗!」
宗に追い付いたのは公園だった。商店街の裏通りにある公園。商店街の通りと平行してのびる公園だ。
公園と言っても並木道に近いが、点々と遊具が置いてあるからなんとか公園としての体裁を保っている。
日が落ちるのが早くなった夕方、もう夜の帳がおり始めている。放課後に奈穂さんは誘拐されたとして……………焦燥感が心を焼いている。
「なんだ? やってくれる気になったのか?」
「だから! 二人でどうすんだよ!?」
言い切った瞬間裕谷の視界が回った。抗いようのない衝撃に尻餅をつき、後から左頬の痛みを感じた。
見上げる。目線の先には宗の握られた拳があった。あれを頬に突き出された。
―――殴られたんだ。宗は間違った人しか殴らない。それが信条だと昔言っていた。
無性に腹が立った。頬の熱に比例して裕谷の心の奥から熱が沸き上がってくる。立ち上がった。熱の力で立ち上がった。
「んだよ……………僕達が争ってどうすんだよ………悪いのはお前と僕だろ!?」
「お前は悪くない。殴ったのもすまん。だから力を貸してくれ」
意味が解らない。解らない、理解出来ないから解らない。
今この馬鹿宗は言いたい事と、してほしい事をただ言い切っただけだ。なんて不遜な奴だよ。
「二人でどうしようってんだよ」
「俺が正面から入って囮になる。その隙に頼む」
簡素な物言いだ。
「囮って…………まさか殴られるつもりか?」
何と無く宗の考えている事が分かる。そのイカレた奴らが考えているのは、奈穂さんの前で宗を叩く事だ。だから、宗は敢えてやられ、隙を作ると言ってるのだ。
間違っている人間を殴るって信条、それを借りる事にした。
「……………ぐっ、何をする」
口調は全く動じてなさそうだが、裕谷が殴った事により起こった状況は裕谷と一緒だ。裕谷は宗を見下ろしている。
「バッッッカじゃねぇの!? 僕は、僕は嫌なんだよ! お前が怪我すんのも、奈穂さんが傷付くのも! 全部嫌なんだよ」
立ち上がろうとする宗の頭がちょうどいい点に達した時、思い切り蹴りをいれる。これでは宗はビクともしないのは分かってる裕谷は素早く蹴った足の膝を腹まで引き、足の裏を宗の顔面に叩き込む。
そのままマウント、と思えば宗に足を掴まれ腕一本で背中を地面に強打させられる。
宗は掴んだ足を放さず立ち上がると、もう一本足を掴み俺をジャイアントスイングして投げ飛ばした。
ゴロゴロ転がって、家に帰ってから着替えてなかった制服に砂をつけていく。
素早く立ち上がる。その時宗の延長線上、その先の道に黒い人形が見えた。
―――そうだ。
胸が高揚する。凄く心地好い胸の高鳴り。
「悪いな宗。残念ながら僕には勝利の女神が冷たく見下ろしてくれてるんだ。だから、やっぱお前をここで寝かせて警察呼ぶなり、一人で助けるなりする」
「一人で助けると思うなら俺も連れてけ!」
宗の距離を詰めてのタックル。それを真っ直ぐ胸で受け止めて、左手は宗の髪を掴んで、右手は顎に打ち込んだ。
「君、なにやってんの?」
「なんだろうね?」
クリスマスイブに並木道を歩く二人。片方が頬を腫らして、制服を真っ白にしてなければどれ程格好がついたか。
そんな考えが頭を過ぎるが、駄目だ。
「やっぱ君は可愛いし、綺麗だね。本当、こんな軟派なセリフ、君にしか言えないよ」
「あら、本当に軟派ね。でも、貴方に言われると少し気分が良いわ。これ、私の素直な気持ちよ」
隣の黒い少女は答えた。そう、あの運命を感じる程ぶつかった、胸部異様発達の少女だ。
「それで、仲良く友情を確かめ合って、その友人をベンチに捨ててきた今日はどこへ向かうのかしら?」
「そりゃデートさ。町外れの情緒溢れるボーリング場に」
宗からやっとの思いで聞き出せたのは町外れの、外れ過ぎて潰れてしまったボーリング場だ。全く、たまり場ってそういうのって相場が決まってるんだろうか。
「どうしてさっきは友情を確かめ合っていたのかしら? そしてその友人をベンチに捨ててきたのはなにかしら?」
黒い少女が見つめてくるのが分かる。裕谷は少女に視線は返さず前を見て、
「別に、ちょっとアイツがムカついただけ。僕の好きな人を守れないで、偉そうにしてたからさ。僕もそんなアイツに好きな人を任せて自己嫌悪してる」
少女から直ぐに返事がない。一拍置いて、彼女からの返事。
「そう。ちょっと我が儘になろうとしてるのね?」
「うん、それでついでに格好つけようかなって」
「そうね。そんな漫画みたいな展開実際にあったら大体の女の子は惚れてしまうわ」
一歩、一歩と歩くほど心臓が高鳴っていく。同時に、傷付いた体から少しずつ痛みが引いていく。
「僕、君が好きだ。もちろん、女性として」
「私もよ」
自分は一体なにを言っているんだ、と勝手に体から出た言葉に異議を唱えようとすると彼女から驚く程速く返答がきた。
「貴方に会ってから今日まで毎日通ったのよ。貴方と会った場所、ぶつかった場所を毎日」
横を向けば頬を染めながら微笑んでいる女の子がいる。ドキドキした。このまま彼女を抱きしめてしまいたかった。
「でも、駄目みたいね。私と貴方は出会うのが遅かったみたい」
「うん、奈穂さんがいなければ君が運命の人だったのは絶対だよ」
「あら、私もよ。それじゃ、格好良くやってきなさいな」
トン、と背中を押された。枷が鎖が全てなくなっていく。さっきまでの弱虫は捨てて、宗には格好いいところなんてやらないと意地を張り、好きな人に好きと伝える勇気を持つ。
本当、奈穂さんがいなけりゃあの胸は僕の物だったのに。
軽口を自分の中でたたき、軽すぎる足で駆けていった。
アドレナリンが出まくっているのだろう。ドキドキに比例して体から痛みが引き、重さがなくなっていく。止まっちゃいけない、そのまま一気に駆け抜ける。
目的地、正面の入口、自動ドアだったんだろうが今はただのガラス戸と成り下がっている物を指をいれて無理矢理開く。
中に入れば受付、もう動いてないだろう自販機、壁の落書きがお出迎えだ。
その奥に行けばレーンがある。そこに目的がいた。
「裕君!」
「奈穂さん、無事かな?」
思った他恐怖を感じない。
椅子に紐で縛られている奈穂さんを見ても、奈穂の肩を抱いて嫌らしそうに微笑むロン毛を見ても心が騒がない。
周りには見事に十二、三人。
「お前が藤宮か?」
「いや、藤本」
「ああ? 藤宮に俺の仲間がやられたって言うから俺がぁっ!」
え?
時の流れが一瞬おかしくなった。速くなったか遅くなったか分からないが、おかしくなった。
裕谷の後方から次々と鉄パイプが飛来してくる。最初に奈穂さんの横ロン毛の頭部辺りに接触し、二人、三人とイカレ野郎達の数が減っていく。
「私としたことがクリスマスプレゼントを忘れてしまってね」
振り返れば運命の彼女、まさかあの別れからこんなすぐに会えるとは、ときめきを感じずにはいられない。
「裕君!」
振り返ったのがまずかった。声のした方を向けば鉄パイプを上段で思い切り振りかぶったスキンヘッドさん。奇声と共に振り下ろされた鉄パイプは思い切り床を叩いた。
裕谷は避けた。避けたには避けたが、顔が恐ろしく、物凄く、なまら凄く、てげ凄く、もう恐怖しか感じないくらい柔らかいものに包まれている。鼻腔に吸わずとも入ってくる匂いは素晴らしい。素晴らしいの一言。
「あら、油断は駄目よダーリン」
顔がなにに埋まってるのか分かった裕谷は非常に名残惜しいが、それから身を離し…………また飛び込みたい衝動に―――
「裕~君?」
三度目の奈穂さんからの呼び出しだが、今回は凄い。振り返らなくても背中に走る嫌な感覚で、奈穂さんの顔も気持ちも手に取るように分かる。
「はいこれ、商店街の福引きで! 当たったの! 箱から出して電池は入ってるわ」
ハニーの胸から離れた裕谷がまず最初に見たのはスキンヘッドさんが倒れているの。そして、『福引きで』の辺りで一人倒れ『当たったの』辺りで文字通り額に飛来する鉄パイプをくらった一人が倒れた。
残りは気づけば五人。彼女も裕谷を助けるために接近したため、鉄パイプはもう持ってない。そして向こうは、仲間に当たった鉄パイプを拾って全員鉄パイプ装備。そして、裕谷の手元には―――
「速く! 変身しなさい!」
変身ベルト。
「…………………」
これなら後ろに下がって瓦礫の山から鉄パイプとか拾ってきた方が…………
「ベルトを巻いてその両腰のボタンを同時に押すの!」
いや、違う。そんなことを聞いてるんじゃない。
変身ベルト、アレだ。マスク被った二輪車乗りが、怪人と戦う子供達に大人気の番組だ。裕谷だって幼少の頃は見ていた記憶がある。
「えとさ、あの、さ」
「速くしなさい!」
「はい!」
ついに睨みつけられ、もう自棄になった裕谷はベルトを腰に巻いた。なんだかよく分からない安心感を覚えた。
アレだ。ナイフやらバットやら『簡単に人を傷付けられる物』を手にすると人間は気が大きくなる。確かに武器を持てば人間はある程度強くなる。強くはなるが、素人が武器を持てば、プロに対した時逆にそれが不利になる、ということもあるらしいが。ちょっと話が脱線したが、今裕谷が腰に巻いてるベルトには安心感がある。武器になんてなりえはしないのに、これがあれば、と勇気に似た奮い立つ衝動すら起こる。
「変身!」
ヒーロー気取って女の子救いにきた裕谷には全く見えてはいない。相対するイカレ野郎達が、今の自分を見た冷静な時の裕谷がするだろう表情をしていることに。
だが、興奮状態の裕谷、なにも気付かず、感じず、ただ先程より軽く感じる体を前に出す。
向こうは鉄パイプ装備だ危ないぞ、と冷静な判断を下す頭に、だからどうした、と返して進む。黒い少女の横を通り抜け駆ける。
五人は固まっている。一人なんとかしたとしても残りに殺到されたら終わりだ。やっぱり冷静な判断を下す頭の意見を一蹴して、なんの考えもない体を走らせる。
「うぉぉぉぉっ!!」
声が裏返る程大絶叫。気恥ずかしさなど微塵も感じず、むしろ体は、精神は高揚する。
呆気に取られてる一番前の一人に肉薄した裕谷、慌てて振り下ろされる鉄パイプを避け、隙だらけの顔に一発拳を見舞って、素早く相手の両肩を掴んで膝を叩き込む。
あまりに上手く行き過ぎて笑ってしまった。頬が緩んでだらし無い顔をしてるだろう裕谷が見たのは鉄パイプ。
視界がスパークする。白と黒の爆発が目の中で起こり、後から額に痛みがついてくる。床に倒れた、と気付いた裕谷、頭が瞬時に働き、これから殺到するであろう鉄パイプの痛みを想像し、体を動かそうとする。反応したのは指先がピクリと反応した程度。
ヤバイ、死ぬって、アウトな薬とかやってるかもしんない奴らなんだぞ。加減なんてしてくれるのかよ。
これからくる筈の痛みを、苦しみを想像して動けない裕谷、だが、いつまで経ってもその時がやってこない。
重い、感じた事ないくらい重い頭を持ち上げた。
「……………おい」
背中があった。見覚えのある背中、所々白くなった男子制服、その男に四本の鉄パイプが張り付いている。
―――ああ、代わりに殴られたのか。
冷めていった。早鐘のようになっていた心臓が途端にゆっくりになる。
冷めていった。ゆっくりと立ち上がり、ぼやける視界を正すために頭を振った。
冷めていった。次は宗が床に倒れた。
覚めきった。目が、頭が冴え、冷めて覚めた。
「なにやってんだよ? 相棒」
「言ったろ、囮になってやるって相棒」
「そこは格好良く全員倒せよ相棒」
「悪いな相棒」
最後のぶっきらぼうな感じは実に宗らしい、額から鼻を伝って流れてくる液体、それで視界が悪くなるのが嫌で、それを額から拭う。
結局流れてくる。
内心で舌打ちして、四人を見据える。
「はいダーリン!」
その声に振り返るとなにか飛来した。裕谷を呼んだって事は鉄パイプを投げ付けてきたわけじゃあるまい。身構えてしまいそうだった体を律し、片手で飛来物を受け取る。
…………………
「それじゃ、次の運命でまた逢いましょ」
最高に綺麗な笑顔を残して黒い少女は立ち去っていく。
…………………え?
裕谷に残ったのは、胸の小さな寂しさと手元の……………
「よっしゃこい!」
あっちは鉄パイプで四人、こっちは一人、しかも玩具の剣。恐らくベルトのセットの二輪車乗りの武器だろう。
さっきまでは頭に血が上りきってたから恥ずかしくなかったのだ。今は大分冷静だ。冷静になっちまった。めちゃくちゃ恥ずかしいし、自分が場違い過ぎて全部放り投げて、出来たら奈穂さんを連れて逃げ去りたい。ついでに宗も。
それに反応して奇声を上げながら四人が走ってくる。途中二人がコケた。寝ている宗の上を踏みながら歩いていった四人の中の二人が宗に足を掴まれたからだ。
でも、鉄パイプで武装した男二人が向かってくる。
冷静に、クールに、聞いた話では、ケンカはビビったら負けだ。筋肉が硬直して、いつもの半分の力も出せなくなるそうだ。だから、冷静に、見極めて、この玩具を……………あれ?この玩具の剣の装飾の一部が外れたぞ。
自然とベルトの小さな穴を見付けた。とりあえず、そこに差し込んでみた。
「おおう!」
突然ベルトが発光、なんか発音の良い英語がなにかを言い切り、言い切り、言い切り……………?
「ダメだどちくしょう!」
反転、裕谷は全力で駆け出した。
追ってくる二人、足場が悪い中転びそうになりながら走る。
―――なんか良い方法を。
頭の中で漫画で得た知識や映画で見た情景が思い浮かぶ。全然上手くいく気はしないが、奈穂さんが―――そう、奈穂さんがいるんだ。
裕谷はクルリと反転、腰を落としてかなり体勢を低くして突撃する。狙うのは追ってくる勢いがなくならない内にこっちの力を上乗せすること。
裕谷の右手は玩具を握ったまま一人の鳩尾を的確に打ち抜いた。
後一人、後は根性論だ。こっちは変身後、あっちは鉄パイプ。後は、根性が強い方が勝つ。
「よう、相棒」
「ああ、相棒」
あの後に腰に一発貰ってしまいズキズキ痛む腰に手を当てながら、寝ている二人の上に立つ宗の下へ戻った。
「裕君!」
最初に倒れていたロン毛が奈穂さんを押さえ込み、ナイフを首に当てていた。
「あはは、奈穂さんさっきから裕君しか言ってないよ」
ロン毛がなにかを喚いてる。まぁ、こいつがどうなってもいいのか、みたいな常套句だろう。
「相棒、仕上げだ」
「こっちはボロボロなのに」
「はは、凄いな。一人で全部やっちまうとは」
「……………まぁ、そういうことにしとく」
また何か喚いてる。やめろ、近付くな、とかそんなところかな。こっちは奈穂さんに近づいて行ってるし。
やっぱりイカレてた。ナイフを引いて、思い切り奈穂さんに突き立てようとしやがった。
「裕君!?」
「だから、僕の名前呼びすぎ…………やっと捕まえた」
咄嗟だった。もう無意識に裕谷は左腕を突き出し、ナイフと奈穂さんの間に割って入った。
鋭い痛みで腕が一杯になるが、残った右腕で奈穂さんを抱きしめた。
「っ!」
後は簡単だ。宗の拳が、蹴りが、何発も何発も打ち込まれていく。
「奈穂さん…………ごめん。格好つけすぎたかな?」
「うん………うん………格好、良すぎるよ」
「でしょ? あの女の子格好良かったでしょ?」
一番の立役者を思い出して言ってみた。
「あのおっぱい大きい子が誰か後でよく聞くからね」
胸の中で泣いているが、奈穂さんの泣きながらもジト目が想像出来て笑ってしまう。
「僕の運命だった人さ。きっと、大好きになれた奈穂さんがいなきゃね」
「…………15点、低得点の告白だね」
「大好きだ。僕と結婚しよう」
「……………………満点だよ…………」
こんな状況でどうかと思うが、僕達はそっと口づけをした。
「―――と、言うことがあったんだよ藤谷」
「もう、奈穂は何回その話を物心ついてない子供に言うのかな。って藤谷も嬉しそうだし」
「えっへへ~、私と裕君の子供だからね。私の気持ちを汲み取ってくれるのさ」
「はいはい」
あれから早いもので六年が経った。私はお母さんになり、裕君はお父さん、さなちゃんと宗君は残念ながら進展なし、でもさなちゃんは諦めてないみたい。
「そういえば、おじさんとおばさん、やっぱり二人の事認めてくれないの?」
「あはは、まだ、ね」
裕君との結婚は、私の親族には全く祝福されなかった。
でも、裕君にも家族はいなかったけど、でも、さなちゃんや宗君の家族が皆が私達を祝福してくれた。
「でも、藤谷を連れて今度行くんだ。そしたら藤谷の可愛さにパパもママもメロメロだよ」
私の両親は私と裕君が高校を出てすぐに一緒になった事を怒ってるんだ。大学に行く約束を破って、強引に裕君の家に私が住んで、結婚生活を始めて。流石に最初は裕君の稼ぎだけじゃ生活出来なくて私もバイトしたりでなんとか生活を支え、今となってはそんな事を笑い話に出来るだけの生活力は身についた。
だからこそ、二人には私と裕君、それに藤谷を認めて貰いたい。
「ただいまぁー」
私の愛しい人が帰ってきた。
「……………うぅ、また宗君と一緒だ。なんか奥さんよりも宗君と一緒のほうが長いじゃん」
「いや、それは仕方ないでしょ。宗と僕の職場一緒だし」
「おっ、藤谷、元気だったか?」
「ってコラ宗! なんで僕の息子と仲よさ気にしてんだよ。なんで僕より先に藤谷は宗に向かうんだ?」
「あれ? 藤谷~、パパは隣だよ」
宗君の足にしがみついて裕君を不機嫌な顔で見る藤谷。そんな表情もとても可愛いけど、
「と、藤谷ぁ! パパだよパパ! ほら、ボール、あー、人形、なんでも遊ぼう!」
皆笑ってた。幸せだった。明日も明後日もこんな幸せが続いて、裕君と藤谷と家族で笑ったり、泣いたり、怒ってケンカしたり、でも、幸せな毎日がこれからもくるんだ。
ようやく、ようやくここまで。
高校を卒業して、親友であり相棒と同じ職場に入って、金を貯め、ついに俺はここまでの安定に辿り着いた。
最初はぶっつけ本番で、言葉も装備もなく未開のジャングルに踏み入り、死ぬかと思ったが。今では言葉の壁もなくなり、装備や仲間も充実していた。後は回数と地道に少しずつ進んで未開を切り開く。
なんて心が躍る仕事だろうか。
久々に親友や家族の顔が見たくて日本に帰る事にした。親父も大分前に死んじまって、元気がなくなるか、と思いきや、一人で力が衰えない母が一人家にいるが。あの力強さがなけりゃ俺は家族を放ってこんな馬鹿はやれなかった。
「おう、早苗か?」
『………………宗ちゃん?』
おかしい、なんだか早苗の声に全く覇気がない。
いつもなら煩いくらい自分の事と、俺の事を聞いてくる筈なのに。
でも、帰国一番に早苗にかけるとは…………やっぱり俺もどっかで早苗に安心を覚えてるんだろうな。
『……………藤本君と………奈穂が…………』
「ん? 二人がどうしたって?」
どうせこんな言い回しをしてドッキリだろう。第二子出産とかそんなところだろう。
男かな?女かな?
『死んじゃった』
「…………………………あ?」
……………今、早苗はなんて言った?
『交通事故…………で…………藤谷の誕生日に…………』
「…………藤谷は?」
俺の思考はもうおかしかった。いや、正しいのか。いや、もうわからない。
「藤谷はどうしたんだ!」
『藤谷は家で預かってる。奈穂の両親は引き取ってくれないし、藤本君には家族いないし…………なんで? 宗ちゃんなんで藤谷しか気にしないの?』
「わかんねぇよ! でも、小さな子を、あいつなら息子は死んだって守ると思ったから!」
『藤谷の誕生日プレゼントを買うんだって…………驚かせるんだって二人は車で…………』
……………埒が明かない。
「早苗! 藤谷は!?」
タクシーや自分の足やらで、自分でも驚く速さで空港から早苗の家までたどり着いた。
「宗ちゃん、ほら藤谷、挨拶しなよ」
藤谷を見てどこかホッとした。実はあの二人は生きていて、そこの陰から驚かせてくるんじゃないかと思ったがそんな事はなかった。
少し大きくなった藤谷が一人積木で遊んでいる。早苗はそれに近づいて行って―――
「返事しなさいよ!」
積木を蹴り飛ばし、あろうことか藤谷の肩を掴んで揺らしだした。強く、強く。
「なにやってんだよ早苗!」
夢中で早苗を突き飛ばし、藤谷を抱きしめた。
「馬鹿やってんじゃねぇよ! 藤谷をなんだと…………」
「なんでよ…………なんでよ…………私悪くないのに………悪くない、のに………」
泣いている早苗を見て罪悪感が強く襲ってくる。藤谷も俺の胸で泣いている。
まだ間に合う。
藤谷は優しい心を無くしてない。こうやって傷付き、傷付いた人を見たら泣けるんだ。
このままじゃ駄目だ。
ここにいれば早苗の両親だって面倒みてくれる。でもそんなんじゃ駄目だ。
「藤谷は俺が育てる。お前はもう藤谷に近付くな」
「な! 私が、そうだよ。二人で育てよ。結婚して、藤谷のパパとママになるの!」
「駄目だ。お前は藤谷を見ちゃいない」
「そんな!」
「駄目だ! 俺だけで育てる」
それからは泣き崩れる早苗を置いて、早苗の両親に頭を下げられ、下げながら、早苗の家を後にした。もちろん、この小さな手は離さずにだ。
自分だって生半可じゃないと思ってる。辛いと分かってる。まだ二人の墓もみてないのに、実感もないのに無茶苦茶してる。
でも、藤谷は必ず、必ず幸せにする。ならなきゃならない、しなきゃならないんだ。唯一の救いは、お袋は藤谷を連れ帰った俺を手放しで褒めた事だ。