十一話5
「もしもし、藤谷かい?」
「俺の携帯からだからな。俺だよ」
「いやぁ、美々さ、いや、失敬、香里さんがかけてくる可能性もあるからね」
あんのかよ。あるな。うん、何か美々は透の事が気にくわないみたいだし。
主に美々の気が済むまであの体勢を続けた後、すぐに掛け直している。
その美々さんは俺の反対で電話の裏面に耳を当てて会話を聞いている。
「それで? 今日はどうかしたか?」
「ん? まぁ、どうもしないんだけど、今日こそ食事に行かないかい?」
「別に構わんが、この間みたいのは勘弁してくれ。もっと庶民に優しいのがいい」
この間、食事に誘われた時、二人だと思ってたら、例の恋人さんまで連れて三人で食事をしたが、テーブルマナーやらなんやら、藤谷の背には全く合わなかった。
「あはは、そうだね、その辺はちゃんとするよ。今日は香里さんはいるのかい?」
「ああ、いるよ」
「ならそっちは三人で………いいのかな?」
「ああ、って事は恋人さんも?」
「恋人さんはよしてくれってさ。名字は僕と一緒になるから、詩織と呼べってさ」
向こうで小さく女性の声も聞こえる。うん、間違いなく一緒にいるな。
「それじゃあ向かうから家で待っててくれよ」
そう言って別れの挨拶をして電話は切れた。
携帯を閉じて、隣を見ると半目でこちらを睨んでる俺の愛しい人香里美々、流石氷の女王と言われていただけの事はある。全く体が動かない、蛇に睨まれた蛙を細胞レベル理解した。
あの諺は、今俺の状況に置き換えると、何も悪いことをしていない、それでも睨まれると本能が警笛を鳴らし体は動くという考えを忘れるらしい、らしいというか今そう悟った。理屈ではなく本能がそうさせているんだ。
「今日から藤谷の晩御飯は熱いチゲ鍋、シチュー唐辛子入り、唐辛子の天ぷら、唐辛子の唐揚げ――」
「ちょっと待ってくれ、二番目から明らかにおかしい。夏場にそんなもの食いたくないよ」
なぜこんなに怒ってるんだ。今さっきプランにより機嫌はよくなったじゃないか。
「冗談よ。良いこと思い付いたしね。私もやらなければいけないことがあるみたいね」
嫌な予感しかさせない笑い(無表情)を浮かべながら、美々は藤谷の部屋を出ていった。
説明するまでもないし、説明するのを完璧に忘れていた男が一人、父親だ。アレはやっぱり、世界に羽ばたいて行った以上。
彼の最後の言葉は「俺は今度こそ新しい部族に出会う」目的地を絞り込めそうな台詞を残していったが、興味は全くないんで、とりあえず頑張ってくださいとしか言えなかった。