十一話
唐突に突然だが香里美々には悩みがある。客観的に見れば些細かもしれないし、一大事かもしれない。
だが、香里美々にとっては一大事、見逃せなんかしない。
無論、香里美々の悩みの種等言うまでもない。まぁ、折角だから言っておくと藤宮藤谷だ。彼以外の事柄に持てる力を駆使して事に当たらねば等と思わない。
悩みの種は今美々の手の平にある。長方形で、折り畳み式で、開くと0~9の数字を基本として様々な機能に対応したボタンがある。
直に言えば携帯電話。しかも藤谷の所有物。
これが何故悩みかと言えば、ほら、掛ってきた。
着信音は美々が設定した『怒りの日』だ。これは個別の設定で、相手は一人、メールの場合十秒で終わるがそれを越えた。只今十三秒、電話だ。液晶を確認しても事実は変わらず、相手は悩みの元凶、諸悪の根源、許せない奴。
「はい、もしもし」
これは観念したというわけではなく、問題解決への前進だ、と誰かに言い訳をして電話に出る。
「あれ? この声は美々さんかい? 藤谷はどうしたのかな?」
相変わらず綺麗な発音と爽やかさが同居する声、やっぱりこれも折角だから説明すると柏原透、こないだまで美々の婚約者なんぞをやっていた男、藤谷の親友………らしい。
「藤谷はお風呂に入ってます。それと、美々と呼んでいい男はこの世界でただ一人藤谷だけです。遠慮してください」
「ああ、そうかそうか、すまないね。藤谷と食事に行こうかと思ったんだけど食事はまだかな?」
「いえ、まだですが、今日は私の作ったご飯を食べます。必要ありません、さようなら」
「ちょ、ちょっと待ってよ。ならまだなんだね、そしたら皆で行こう」
「恋人と二人で行ってください。きっと喜びます」
「いやぁ、この間藤谷を含めて三人で会ったら彼女が藤谷を気に入っちゃってね。是非にって」
いつの間にこの男はそんなことをしてるんだ。
たしかに二日前に藤谷は柏原に会いに行ったが、あぁ、そこにいたんだ。
「彼女が藤谷を気に入るなんて貴方にも良いことじゃないのでは?」
「いやいや、そこはしっかりしてるから大丈夫だよ。僕には初めての信頼できる友だからね、彼女も大切にしろって。無論、大切にするけどね」
切りたい、この電話切りたい、なんで出ちゃったんだろう。
激しい後悔の念が美々に渦巻いていた。
「兎に角、今日は行きません。お二人で楽しんでください」
強制終了。
美々はありもしない頭痛を感じて頭を押さえた。
「なんとかしないとこの状況」
悩みとはこの通り、私達が付き合いだして二日後から始まった。
一日何通も何通も、数は覚えているが、こんな時自分の記憶力が恨めしい。
藤谷も藤谷だ。一々誘われたりしたら出掛けたり、もっと私と居ても良いのに。
アイとだって仲良しなのはいいけど、妻である私の事を気にかけてくれてもいいじゃない。
「私、嫉妬深いのかなぁ…………」
突如階下から大きな物音と藤谷の悲鳴にも似た叫びが聞こえてくる。
因みに今更ではあるが、今は藤谷の部屋、更に更に言うとベッドの上にいる。言い訳をすると、悩みを緩和させるために少しリフレッシュしてた所、ふ、深い意味はないんだから!
と、トリップから帰ってきた美々は階下へと走り出す。
居間には誰もいない。風呂場か、そう思って移動する。扉が開いていて、慌てて中を覗きこむ。
「や、やぁ…………」
「あら、藤宮君、私今からすっごく怒ると思うけど後悔してね是非に!」
「いや、これは、これは違う…………」
現状を只感じたままに解釈すると、アイに藤谷が押し倒されている。
頭に血が上るのをたしかに、血の動きを感じる。
「執行!」
私はこの日未亡人になった。