九話5
私は最低な女だ。だが、娘としては最高なんじゃないかと思ってたりする。
父親の為に御曹司、というのだろうか、それと結婚する。
藤谷の泣きそうな表情が脳裏に焼き付いてしまった。胸がグチャグチャ踏み潰されたように痛む、藤谷の事を考えると少し和らぐ。
だけどそれはしてはいけない。この痛みは罰、でも、贅沢を言えば、本当に藤谷が好きだったってちゃんと言いたかった。結婚したくないから藤谷を選んだなんて思われたくない。本当に好きだったんだ。ううん、違うよ、好きなんだ。
でも、もう全部終わり、好きな人と居れる幸せな日々は終わった。全部終わり、時間切れ、さよならだ。
冷静になれた藤宮一家(主に藤谷が頑張った)はロビーの隅で目立たないようにこそこそと作戦会議を行っていた。
「それでお嬢ちゃんはどこにいるんだアイ」
「高いところ、33って数字が見えた」
これ一体何階建てなんだ?高いということしかわからん。
「んじゃあエレベーターだな。だが、ガードマンがいるし乗りようがねぇな」
「…………あれ、早くも詰み」
やっぱり勢いだけじゃどうにもならなかったんだ。うん、諦めって肝心だよね。ってさっきまでの俺なら言ってたかも知れないが、今は諦めたくなかった、すんごく諦めたくない。
「大丈夫だよとうや、あそこのひじょうかいだんってやつを使えば行けるよ」
「でかしたぞアイ! なら、ここは父に任せろ」
任せろってなんだ、すっげー嫌な予感する。いや、嫌な確証がある。
「というか、アイ凄いな。本当に見えてるのか?」
にわかには超能力なんて信じられんが、あの馬鹿親父にそんな嘘を吐く器量があるとは思えない。
「うん、でもね、あんまり好きじゃない。いじめられるから」
そう言ったアイの顔には陰りがあった。
だけど、今はそんなこと言ってられない。アイには申し訳ないがその力に頼るしかない。
「お前ら! よぉく聞けぇい!」
いつの間にかロビーの中心に上半身裸で親父様が立っていた。不思議な口上をしてるが、頭打って死なないかなぁ、と結構真面目に藤谷は神に祈った。
「行くよとうや!」
恐ろしく頼りになるアイに先導されて、目立たないように藤谷はそれに従った。