九話3
「そうか、ならそれでいいさ。なら、ちっと昔話聞いてくれよ」
尻餅ついて立てないでいる藤谷の前に、宗二は上蔵をかいて座った。
「昔な、兄弟ってぐらい仲が良い親友同士の二人がいたんだ。それでな、ある時片方が一人の女性に恋したんだ。すっげぇ美人でな、んでもう片方に相談して応援してくれて友達までこぎつけた」
楽しそうに語る父親、藤谷は何か考えようとも思えず相変わらず座ったまま話を聞いていた。
「んでよ、実は相談を受けた男もその女性が好きだったんだ。それを言わないでな、ずっと隠してやがって、そこから笑えるのはその女性はそっちの隠してる男に恋してたんだ」
笑えるだろ、と相槌を求めてくるが、何も反応は出来ない。
「一番笑えるのはよ。知ってたんだよ、二人が好き合ってて、隠してるのも全部知ってたんだよ俺は…………それでもビビって、取られたくなくて、ちっちゃい希望にすがりたくて……………」
鼻をすする音が聞こえる。父親の顔を見ると泣いていた。情けないくらい顔をグシャグシャにして泣いている。
「…………俺って言ってんじゃん」
「ああ、結局馬鹿みたいにその恋をひっかき回して、ようやく降参したんだよ俺は………んでよ、子供つくってあっさり二人とも死んでやんの………俺は自分を呪ったよ」
「何でだよ、全然悪くないじゃん、父さんはさ」
藤谷がそう言うとグシャグシャの顔で父親は笑った。
「いや、もっと早くくっついてれば運命ってやつも変わったろうなってな。それからは後悔しねぇように、その子供にとってカッコいい親父でいるようにカッコばっかつけたよ」
「だから、悪くないじゃん…………」
気付いたら俺も泣いてた。二人して馬鹿みたいに泣いてた。
「だからよ、後悔しねぇんならその選択でいい。でもな後悔するかもしんないなら、やれるだけ今やれ。俺はお前の親父だからな、全力貸すぜ、いや、全力与える。父親は与える物だって親友が昔言ってたからな」
そう言って豪快に笑った父親の姿は今までで一番カッコ良かった。俺の男としての理想の姿だった。
藤谷は足に力を入れ、手に力を入れて立ち上がった。胸の痛みは消えないけど、軽くはなった気がする。
「俺、俺は欲しいんだ。欲しい物があるんだ親父」
藤谷はそう言って宗二を見下ろした。