九話2
「なんだよやることって」
疑問系にはならない、吐き捨てるように言った。
「お嬢ちゃんに振られたんだってな」
「そんなこと話した覚えはないが」
腹が立っている。父親に腹を立てるのはお門違いもいいとこだが、感情が荒れるのを抑えられない。
「電話が来てな、今日一緒に家にいなかったら藤谷とは一生道は交わらない、だとよ」
相変わらず髭を蓄えまくったその顔は、なんだか怒ってるように見えた。
「ああ、元々身分違いだったんだ。あいつ、すっげぇ綺麗なマンション住んでて父親は何かの社長……だったかな。頭だっておかしいくらい良いしさ。俺とは釣り合わねぇよ」
「そうかよ。ちょっとアイは外してろ。少し二人で話がしたい」
まだ涙を止めてなかったアイは、宗二の真剣な声音と表情におされて部屋を出ていった。階段を昇る音が聞こえるから部屋に行ったのだろう。
宗二がズカズカと音を立てて近付いてくる。冒険家、なんて体を使う職業なだけあって、近くで見るとその身体に迫力を感じる。背も藤谷より少し高い。
「藤谷、お前よ。お嬢ちゃんの事どう思ってたんだ。本気で答えろ」
「どうって、知るかよ。俺が聞きたいね」
「そうかよ!」
左頬に衝撃、壁に体をぶつけた。遅れて頬の痛みが広がっていく。
「なにすんだよ!」
すぐに立ち上がって掴みかかるが、腕を取られて捻り上げられる。そして、投げ捨てるように放され、尻餅をついた。
「どうも思ってなかったのか。面倒見てもらうだけ面倒見てもらって、いなくなったら、はいさよならか?」
「感謝はしてるさ。悪いとも思ってる。好意に乗じて世話してもらってた後ろめたさはあったさ!」
惨めだった。言いたくない事まで言って、見下ろされて、惨め過ぎた。
「そんだけか? お嬢ちゃんと居て思ったのはそんだけか?」
「安心した。香里といる時すっごく暖かった」
「じゃあ今は!?」
「………………………………空っぽだ」
なんか自分が二度と認めたくないと思った感情まで引き出されていた。
「んじゃあ一つしかないな」
「………………」
「欲しい物は手に入れろ。後悔すんじゃねぇ」
腕を組んで父親は高笑いした。俺は顔を上げられないでいた。立ち上がれないでいた。
「俺は………行かない。別に………欲しくない」