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八話5

いつからだろう。香里といると安心する。


いつからだろう。香里の見たことない一面を見るとドキドキする、でもそれがとても心地いい。


いつから、いつから香里といるのが当たり前になってる。それがずっと続くと思っていた。










「二人で来たわりに結構楽しかったな」


二人で室内プールを楽しみ、屋内の窓から見える空が茜色になるまで遊んだ。


「………そうね、楽しかったわ。うん、とても楽しかった」


先程から香里の様子がおかしい。丁度出ようと話した当たりからか、何だか沈んでるというか、暗いと言うか、何だかいつもと違う。元々明るくはないが、些細な変化にまで気付ける位は仲は深まったようだ。


何て関心してると香里がロビーで立ち止まった。藤谷はそれに合わせて振り返る。


「どうした? 何か忘れ物か?」


「ううん、もう忘れ物はないわ。今までありがとうございました。さよなら、藤宮藤谷君」


顔を伏せていた香里がそう言い切って顔を上げる。笑ってた、見たことない笑顔で笑っていた。言ってる事は意味分かんないのに、その笑顔にもドキドキしてる自分がいることに藤谷は混乱していた。


「なに言って………」


「美々さん!」


えっ、と間抜けな声をあげて藤谷は振り返って香里の名前を呼んだ男の声を探した。


「待たせちゃったかな」


「いえ、友人に付き合ってもらっていたので全然大丈夫です」


えっ、再度間抜けな声、背が高い眼鏡を掛けた男、爽やかな印象を受ける男と香里が藤谷を挟んで仲良さそうに話してる。


「君が藤宮君か、話は美々さんからよく聞いてるよ。美々さんと仲良くしてくれてありがとう、今日も付き合ってもらっちゃったみたいですまないね」


とても丁寧な姿勢、笑顔も気取っておらず、使いたくない一言を使うとカッコいい。


というか何をコイツは言ってるんだ?まるで香里の保護者か所有者みたいな言い回ししやがって。


藤谷はこの男の発言に対してどんな返答をしたのかよく覚えていなかった。聞きたいことがあった、聞かなきゃいけないことがあった。


「香里、これは……どういう?」


「藤宮君、彼はね、私の婚約者なの」


胸の真ん中辺りに冷たくて硬い物を無理矢理押し込まれたような錯覚に陥った。

一つは『藤宮君』もう一つは『婚約者』この二つのワードが衝撃だけを胸に押し込んでくる。


「こ、こんやく……しゃ?」


口が上手く動かない。香里がなに言ってるのか理解できない。いや、したくない。


「そう、名乗るのが遅くなってすまない、僕は柏原透かしわらとおるっていうんだ。藤宮藤谷君だったね、僕の名前、特徴なくて覚えにくいだろ? 君みたいに特徴ある名前が羨ましいよ」


一々笑いかたも爽やかで、素敵で頭が狂いそうになる。違うな、理由は別にあるんだ狂いそうになるくらい理解できない理由が。


「…………え、えぇ、よくからかわれますよ…………」


自分でも何を言ってるのか分からない、こいつと世間話する気なんてないのに、香里に聞きたいことが沢山あるのに、男、柏原さんは笑って返してくる。


「気を悪くしたのならすまない。いや、僕は本心から羨ましいと思っていてね。別に敬語は使わなくていいよ。年は………まぁ美々さんと一緒なら五つ位しか………いや、五つも違うのか、老けたなぁ僕もあはは。でも、敬語はやめてくれよ、年を感じたくはないんだ」


楽しげに話している柏原さん、藤谷の耳にはそのほとんどは届いてなかった。背後にいる香里がどんな表情してるのか、今一体何でこの人と会話しなきゃいけないのか、もう考えるのを止めて逃げ帰りたかった。


「透さん、そろそろお父さん達が来ますよ。行きましょう」


「あ、ああ、そんな時間か。父さん達がいなければ是非藤宮君を食事に誘うんだけどな。すまないな、今度また僕のオススメをご馳走するから」


何切り上げようとしてんだよ!まだ話があるよ!どこに行くんだよ!


口には出せなかった。何故か『はい、さようなら』そんな事を藤谷の口は紡いでいた。


そして透さんはどこかに歩いていき、それに香里が従う、最後に香里は振り返った。


「時間切れ、だよ」


寂しげに笑った香里の顔は多分永遠に瞼に焼き付いただろう、目を閉じる度にそれを再認してしまうだろう。


いなくなる、いなくなる、いなくなってしまう香里の背中を見て、もう痛くて苦しくて、どこが痛いのかも苦しいのかも分からなくて、でも最後まで泣けはしなかった。

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