八話3
「さて、一体どこへ連れて行ってくれるのかしら」
補足だがこの香里の言葉は、俺に対しての疑問ではなく。独り言、呟きである。言うまでもなく俺への嫌味という意味ですが。
藤谷は思考を張り巡らせ、脳を使えるだけ使い、考える。香里が文句を言わず、尚且香里が満足する場所…………わからん。
「香里さんはどこか行きたい所ありませんか?」
「あら、誘っておいて場所も決まってないなんて最低ね。貴方が決めるべきだわ。私はそれに従うから」
『従う』なんて低頭な言葉を使ってるが、これは必ず良い所に連れてけという遠回りどころか直線的な命令だろう。
藤谷はそこで言葉に詰まり、一旦静寂。
蝉の鳴き声が藤谷の耳に痛いくらい響きわたる。
「ふぅ、冗談よ。行きたい場所は決まってるわ。約束のりぞーとすぱよ」
「ああ、そういやそんな約束あったな」
やっべ完璧に忘れてた。何故か平仮名のりぞーとすぱ。
「ちゃんと水着も持ってきてるわ。もちろん貴方の分もね」
そう言ってちょっと大きめの鞄を見せてくる香里、たしかにそれなら水着にタオルぐらいは余裕で入りそうだ。
「それじゃあ行きましょう」
それから電車に揺られ、香里に先導されながら辿り着いたのは、
「………なぁ、香里さんや。ここはどこですかいな?」
「なにってりぞーとすぱよ」
ハッキリとそう言い放つ香里、そのりぞーとすぱとやらはどう見ても………………
「これさ、ホテルだよな。しかもなんだか格式というか、なんというかその辺のガキが入れるやつではない感じの」
おかしいと思ったんだよ。テストの件の時に聞いたりぞーとすぱとやらはこんなに遠くないし、随分電車に揺られたし、格式高そうな街並みをスルスルと我がもの顔で歩く香里とかおかしいと思ったんだよ。
「気にしなくていいわ。父がね………ここの招待券くれたのよ。ペアね、出来ればアイも連れてきたかったんだけど」
父、香里はあまり父が好きじゃないらしい。母が死んでから家には全く帰らず仕事に没頭する父、やっぱり父親なんだから気にはしてるんだろうな。
「アイもちゃんと気にかけてくれてたんだな。んじゃ行くか、と言っても中は全くわからんから後ろを歩きますが」
「情けないわね。でも任せなさい」
とても男前な台詞を言って香里は歩き出した。
家族、香里も俺も家族に対して傷があるんだな。いつかは二人とも向き合えるかな。