八話
「執行」
この抑揚のない、平坦に発音された一言で藤宮藤谷のある夏の朝は始まった。
「ふぐぉ!」
寝ていたからこんなに大きいリアクションなのか、寝ていたからこそこの程度のリアクションなのかは知らんが、酸素強制排出という藤宮藤谷の人生史上最低の起き方をし…………た事は何回もあった。
うん、意識が覚醒してきた。この起こし方をしたであろう人物に、これまで色々な非道い起こされ方を受けてきた。思い出したくもない。
「あら、起きたの? 偶然この部屋で一番重い物が藤谷の腹部に落ちて、起こす手間が省けて助かっちゃったわ。あははは」
藤谷は腹部に乗っていた父からの土産『愛を射る狩人の像』を持ち上げ、適当な位置に戻す。女性の細腕じゃこれを動かすのは重労働だよな、なんて思ったが何を隠そう今更名前を出すが、相手は香里美々さんだ。なんかよく解らん物理の理論を持ち出して、移動させたんだろう。
ここで初めて藤谷は香里の顔を見た。笑顔を張り付け、あははは、と態とらしく笑ってる。一言、なんか知らんが香里さんはマンモス機嫌が悪い。最近ようやく表情の少ない香里の機嫌を押し図れるようになった。
「お、おはよう、愛を射る狩人の像も困ったもんだな。勝手に俺の腹に乗るなんて」
アハハハ、とアメリカンに笑ってみる。
「そうね。愛を射る狩人の像も怒ったんじゃないかしら、夏休み前の約束忘れて八月入って一週間も経った野郎相手に、にょほほほほ」
にょほほほって何だよ。素直に怖いよ、本当になんかすいません。
…………って、約束?
「あ、ああ、あははは、そ、そそそそそんな事もありましたねぇ…………」
人生十六年生きてきて、言葉というものはどうやって出すかなんて頭で考えなくても直ぐに出せるものだと思ってたが、ピンチになると言葉というものは自分のものではなくなるらしい。
「遺言は聞いてあげる。だって貴方が大好きなんだもん」
凄く可愛い笑顔、台詞も聞くだけだととてつもなく嬉しいし、声も仕草も申し分ない、まるでゲームやアニメのワンシーンのようだ。状況が、違えば、な。
「いやぁ、あの、香里さん? 今死んじゃうとアイとか悲しんじゃうかなぁ………とか?」
「最後の言葉が他の女の子ね、ざんねんねん」
藤宮藤谷、笑顔の死神の手によって、短い人生に幕を下ろした。