六話3
「なら行きましょうか」
「なぜさっきまで食器を洗っていた人間が既に外行きの服に着替え、尚且事情を理解した上で俺に出発を促してるんだ?」
「説明ありがとう。前に一回電話あった時に聞いたのよ。さっさと迎えに行きましょ、日本にあまり慣れてないようだから」
「はい? 日本人じゃないの?」
初美々………じゃなくて、初耳だ。
考えてみれば、あの父親は基本的に日本にいない。それで、どこかの海外で孤児を拾い、こっちに向かわせた。
…………せめて一緒に来る位の常識はないのか。いや、女の子を小動物の様に拾う男に常識を当てはめても虚しいだけだ。なんとそれが自分の父親というのが悲しい現実。
「あら、聞いてなかったの?」
「全く聞いてない。なら、急ぐぞ」
着替えも考えたが、なんとかなりそうな格好だったので、靴を履いて傘を二組持って駆け出す。
ちなみに藤谷は運動能力にそこそこ自信がある。それなりに鍛えているし、体育祭ではそれなりの活躍はした。
「なに? ジッと見つめて、ついに惚れた?」
傘を持ってない空いた左手を頬に当て、態とらしく首を左右に振っている香里さん。
こっちは喋る余裕がないくらいに走っている。並走する香里は顔色一つ変えずに、表情も変えずに簡単に並ばれている。
ここで速度を速めたらきっと藤谷の自信と、香里との人間としての差に絶望してしまいそうなので、そのままのペースで駅を目指した。
途中公園に差し掛かる。中を通り抜けると近道になるので、普段駅に向かうときも使うルートだ。
藤谷は足を止めた。
この近辺では比較的大きいこの公園、晴れていれば子供達が走り回り、老人達は散歩しているだろう場所、噴水広場と言われる場所に一人の女の子立っていた。
真っ白い髪と、白が基調の服装、香里と対になるような白の少女。背の高さも香里と同じくらい。
噴水を眺めていたその少女はゆっくりと振り返り、こちらを見た。やはり目の色、顔付きは日本人のそれとは違う、目的の人を見付けたという確信が不思議と藤谷にはあった。
「ふじみや、とうや?」
少女の口から放たれた旋律は確りと藤谷の耳に届いた。とてつもなく綺麗な声だと思う、透き通り過ぎて雨の音が一瞬消えたくらいだ。
「君が………?」
今更気付いた事は彼女が傘を差していないこと、彼女降り注いで弾ける夏の雨が彼女を綺麗に彩っていたことは当分忘れられそうにない。