三話4
「なんだか思ったより早く決まりましたね」
スポーツ用品店に赴き、店員に聞きながらプレゼントを決めるに至った。
だが、先ほどから先輩の様子がおかしい。話しかければ生返事、黙ってばかりでどこか見つめてる。
「ね、ねぇ藤谷君、お礼にお昼ご馳走するよ。よく友達と行くお店なんだけどいいかな?」
「そうですね、そろそろお昼ですもんね。まぁ、ご馳走はされません。割り勘です」
ちょっと恥ずかしいが場を盛り上げるために、先輩の真似をして人指し指を立てて笑ってみた。
「まだまだ指の角度が甘いよ。そんなんじゃ免許はあげられないな」
あっ、免許いるんだこれ。
香里美々は掃除をしていた。
掃除とは部屋を綺麗にして、そこに住みやすくすること、その場所は例の藤谷の隣の部屋の物置であった。
文句は言われるだろうが、お父様からの許可は頂いた。さっき、南の方から私の携帯に電話があって、許可を得た。まさか私の携帯にかかってくるとは思わなかった、藤谷曰く『あの人は予想という枠に入らない』というのを思ったより早く実感した。
ふと手を止めた。藤谷は今頃会長とデート、会長は優しい人だ、見方によっては藤谷よりずっと優しい、そして純真、だからこそ私は藤谷の事を好きではならない。
それは突然だった。そんな驚く程でもなかったが、急だししょうがない。
スクリーンの中では二人の男女が泣きながら抱き合っている。そう、映画を観ていた。
遡ること三十分。
食事を終え、じゃんけんに負けて奢ってもらってしまった藤谷は、少し肩を落としつつ先輩と並んで歩いていた。
「あっ、そうだ。藤谷君藤谷君」
「はい? なんですか?」
「ボクね、観たい映画があるんだ。ちょっと前に公開したやつ。一緒に観ない? なんだったら奢るよ」
人指し指を立てて楽しそうに笑っている。先輩の人指し指も更に連動して楽しそうに揺れていた。
両手の人指し指が揺れている。コンボが発生していた。
「ええ、昼ご馳走なってますからね。断りませんよ、後、むしろ俺が奢ります」
それに、こんな楽しそうに笑う先輩の頼みを断れそうにはなかった。
まぁ、まさかそれが恋愛ものの映画だとは思わなかった。ほぼ同時期に上映しだした有名なアクション映画の三作目だと思った藤谷のミスだ。
隣を見ると先輩も涙を流していた。眼鏡を外し、ハンカチで拭っては掛け直す。ちょっと忙しそうだった。
「あぁ~、いい話だったね。ボク涙が止まらなかったよ」
そう言う先輩の目元は、発言通りに腫れていた。
「先輩は恋愛映画好きなんですか?」
「うん、小説とか、漫画とか、読むもの恋愛ものだらけだよ。見掛けによらないとか言わないでね」
「え、ええ」
その逆で全く見掛け通りだとか思ってたり。
「今日は色々とありがとね。大分我儘言っちゃったし」
「いえいえ、いつも世話になってますし、これぐらい」
「だって荷物持ちもしてもらってる」
「サッカーボールと映画のパンフ持っただけで感謝されるなら、後三セットくらい持ちますよ」
先輩は俺の言葉を冗談と取ったらしく、小さく笑っていた。
でも、少し、ほんの少しだけその笑いに陰があった気がした。
「今日は本当にありがとう」
先輩は笑っている。藤谷もいつも世話になっている先輩にお礼が出来たようで満足だった。
「もうすぐ暗くなるし送らなくていいんですか?」
「駅からそんな遠くないし、明るい所しか歩かないから大丈夫だよ。それにボク意外と強いんだよ」
そう言って先輩は細腕で力こぶを作って見せる。全然出ないが。
「それならいいんですけど………本当に気を付けて帰ってくださいよ」
「もう、心配性だね。大丈夫だよ、それじゃあバイバイ」
「はい、また」
肩までで大きく手を振られたので、肘くらいまでで振り返した。
「また、か」
私は馬鹿だ。本当に馬鹿で、どうしようもない。
分かっていた、分かっていたんだ。私じゃ駄目なんだって、私は藤谷君が好きな分、だから駄目なんだって。
香里美々、彼女といる時の藤谷君はとても幸せそうだった。楽しそうに笑って、素直に香里さんと付き合っていた。
私の時はどうだろう、彼の本音をどれだけ聞けただろう?彼の我儘どれだけ聞けただろう?私といるときの彼は自然じゃない、私じゃ駄目なんだ。
私は藤谷君が好き、いつも味方でいてくれて、いつも助けてくれた、そんな藤宮藤谷君が大好きだ。
香里さんといるときの幸せそうな藤谷君が一番好き、あの笑顔と優しさ一番好き、今日一日で実感した。
だからこそ『バイバイ』だ。さよなら。