一話7.5
後一つ、後一つで今日の授業は全て終了する。
本当にさっきは驚いた。教室に戻ってみれば何やら騒然とした雰囲気、藤谷が先生に押さえ付けられて連れて行かれた時は、身体中の力が抜けて倒れてしまいそうだった。
生徒指導室、少しだけ、少しだけ見に行こう。次の授業が始まるまでの十分間、姿を見て戻って来よう。
そう決めた美々は教室から出て一つ階を降りる。たしかこの階に生徒指導室はある筈だ。
「うん、香里………美々さんだね?」
目の前、一人の女子生徒が立っていた。休憩中の生徒のお喋りがとても遠くに感じられる。そんな喧騒の一つ下の廊下で私達は対峙していた。
「ボクの事、知ってるよね?」
眼鏡の奥の瞳がゆっくり動くのが分かる。美々を値踏みするような視線、実際値踏みされているのだろう。藤谷の事を調べる上で何度も出てくる女子生徒、この学校で藤谷と最も接点を持つのはこの生徒会長だろう。
「ええ、何の用かも大体検討がつきます」
「そっか、なら、話は早いね。受け取ってくれるかな? ボクの宣戦布告」
生徒会長は優しく微笑んで、右手の人指し指を立てた。
その優しい微笑みの下のドロドロとした感情を隠せていなかった。
「先に宣戦布告したのは私です」
そう、先に宣戦布告したのは私、彼女が藤宮藤谷に特別な感情を持っているのは知っている。むしろ気付いてないのは本人の藤谷くらいなものだろう。あれだけ用事を生徒会役員でもない一生徒に押し付ける会長の寄行は言うまでもない、好意からだ。
「うふふ、そうだね。ボクも驚いたよ、あの鈍感にどうやって近付くかと思えばストレートだもん。でも、鈍感には一番効果的だったかもね、ボクも失敗したよ」
会長はそう言って自嘲気味に笑った。
どうやら会長も私の事に気付いていたようだ。隠れていたわけではないが、やはり藤谷の事を見ていたから私は視界に入ったのだろう。
「なら、私達はライバルというわけでいいんですか?」
「うん、そう思ってくれて差し支えないよ。ボクも彼を渡したくないからね。またね」
流石は眼鏡美人と称されるだけはある。人懐っこく笑う姿は同性の私も少し可愛いと思ってしまった。
チャイムと同時に私達は振り返り、私は教室へと戻っていった。
「藤谷君、彼の当たり前に救われて、ボク達は彼に惹かれてしまった。罪だなぁ、彼も」
『藤谷君』一人の時だけ使う呼び方、いつか本当に呼んでみたいな。